TOSHI

希望の灯りのTOSHIのレビュー・感想・評価

希望の灯り(2018年製作の映画)
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長年、映画ファンをしていると、新作は必ず観ると決めている監督が増え続け、それを追っかけているだけで、映画にかけられる時間と予算は一杯になってしまう。そのためある意味、監督名で“観なければいけない”映画が無い週に、観る映画を探している時が一番楽しい。そんな状況で上映作品を見直していて、終映間際の本作が目に留まった。監督はドイツのトーマス・ステューバーで、初めての作品観賞となる。

冒頭、「美しく青きドナウ」が流れる中、薄暗い倉庫でフォークリフトが移動している。
映画ファンは、美しく青きドナウを聴くと、ドナウ川の流れよりも、「2001年宇宙の旅」により、宇宙船のランデブーをイメージしてしまう人が多いだろう。倉庫がまるで宇宙基地のように見え、ワルツとフォークリフトの共演という映画ならではの映像体験に、静かな興奮を覚える。
舞台は、ベルリンの壁崩壊後の、旧東ドイツのライプツィヒ郊外にある、巨大スーパーマーケットだ。
新たに入社し、在庫管理係になったクリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、全身にタトゥーを入れており、過去に問題を抱えているようだ。何度も挿入される、彼がタトゥーを隠すように、シャツの袖口と一番上のボタンを留める、仕事に就く際のルーティンの描写が、映画のアクセントになっている。
彼は飲料セクションの責任者・ブルーノ(ペーター・クルト)から、フォークリフトの使い方など、仕事を教えてもらうが、同僚達はハンドリフトを独占するクラウス(ミヒャエル・シュペヒト)など、曲者ばかりだ。
ある夜、クリスティアンは、通路でフォークリフトに乗る、菓子担当のマリオン(ザンドラ・ヒュラー)と出会う。そして年上で訳ありな雰囲気が漂うマリオンに、惹かれて行く。
クリスマスシーズンが近づく中、陳列棚に挟まれた通路、コーヒー自販機がある休憩室など、スーパー特有の空間で、二人が距離を縮めていく繊細な描写が秀逸だ。凄い美人という訳ではないが、極めて映画的な美人であるヒュラーの魅力が存分に引き出されている。マリオンの誕生日に、クリスティアンがするささやかなプレゼントのシーンが良い。

二人の恋愛と並行して描かれるのが、ブルーノ達の悲哀だ。スーパーのあった場所はかつて、国営のトラック運送会社が経営されており、彼らは運転手だったが、ドイツ統一で会社はなくなり、そのままスーパーの従業員になったのだ。旧東ドイツの社会主義で生きてきた彼らの、やるせない気持ちが沁み入るように、伝わって来る。
クリスマスイブ営業後のパーティーで、過去を告白するクリスティアンとマリオンは体を寄せ合うが、翌日から何故かマリオンの態度が変わる…。更にある事件が起こり、転調の果てに映画が到達する境地が、静かな感動を生む。

構図が決まった高精細な画面で表現される、景色が美しい。朝霧の田園風景、アウトバーンに面したトラックヤード、深夜バスのバス停。それらが、登場人物達の心情と見事にマッチしていた。
人生が悲哀に満ちているのは、昔も今も変わらず、それでもある微かな希望は、映画が追求すべき永遠のテーマだと言っても良いだろう。
何故、現代ではなく、敢えて数十年前が舞台なのか、必然性が分からない映画が多いが、この東西統一後のドイツに生きる人達は、今を生きる私に迫って来た。
全くノーマークの映画だったが、観て本当に良かった。個人的には、今年のベスト3作品に挙げる事になるだろう。
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