りりー

未来を乗り換えた男のりりーのネタバレレビュー・内容・結末

未来を乗り換えた男(2018年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

第二次世界大戦下のマルセイユを描いた原作を、現代のマルセイユにおいて再現してみせようという野心的な試みは、深刻な難民問題があり、世界中でナショナリズムが吹き荒れている現状を思えば、不気味なほど馴染んでしまっていたように思う。自身が何者であるかを証明しなければ、たとえ証明できても為政者に沿うものでなければ排除されてしまう不条理さは、その地獄のなかで生きるのはもうほとんど死んでいるようなもので、あまりに唐突に訪れる数々の死は、長閑に見えるマルセイユが一寸先には死が待つ、まさしく戦場であった/であることの証左だろう。

そんな戦場を背景に繰り広げられる、ゲオルク、ゲオルクが成りすましている作家の妻・マリー、マリーの愛人・リチャードが織り成すメロドラマがたまらない。一度は作家を捨て愛人と新天地を目指したマリーが(作家の自殺の理由は明かされないが、わたしはマリーとの別れによるものだと思う)、翻意して夫の死を知らないままに、たしかにいるはずなのに決して追いつけない夫の姿を探し求めるさまは胸に迫るものがある。そして、君が追っているのは僕なのだと、自身の恋が報われないということをこれでもかと思い知らされながらも告げることができないゲオルクの心中を、さらには一度はともに未来を夢見た女性が他の男性を追い求めるようになってしまったリチャードの心中を思うと苦しい。作家が存命でさえあれば、一組の男女が復縁し、二人の男性が失恋するという、苦くも整然とした結末へ落ち着けたにも関わらず、彼女の想い人がもうこの世にいないことを告げられないゲオルクと、受け入れられないマリーによって、ゲオルク・マリー・リチャードは永遠に乗り継ぎ地点から進めない。どこにも行き着けないこの恋愛関係は、やはり唐突に終着を迎えてしまうのである。

ゲオルクが作家になりすまして生きていくにあたって、もっとも不都合であろうマリーはもうこの世にないのだから、ゲオルクはどこへだって行けるというのに、彼はマルセイユから離れることができない。マリーが夫の幻影に縛られていたように。つまり彼は賭けたのである。マリーが乗船しなかったことに、彼女が夫の姿を辛抱強く探していたであろうことに。さて、あのラストショットは彼が賭けに勝ったとみるべきか、もしそうであるならば、彼は彼女に告げることができただろうか。君はもうこの街にいる必要はないのだ、と。
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