dm10forever

Papers, Please: The Short Film(原題)のdm10foreverのレビュー・感想・評価

3.8
【Next(次)!】

ちょっとネタばれ含みます。

『おめでとう。10月度勤労抽選により貴方を入国審査官に命ずる。即座配属のため、至急グレスティン国境検問所の入国管理省に赴くように。貴方とその家族には、東グレスティンの8等級の住居が割り当てられる。アルストツカに栄光あれ。』

2013年にリリースされたインディーズゲームを元に作られた実写短編作品。

本作は架空の共産主義国家アルストツカが、隣国コレチアとの6年にも及ぶ紛争の末にようやく国境の町グレスティンの半分を取り返し、さてさて国交も回復しましょうか・・・というお話し。

物語の9割以上が国境検問所の個室の中で展開されるため、情報量は限りなく少ない。
主人公に関しては名前すらもわからない。
この辺はゲームから始まっていることも影響しているのかな・・・。
全くゲームと同じ状況ではないとしても、きっとゲームをやったことがある人なら、もう少し世界観や主人公の立ち位置なんかが補完できるのかもしれない。

ただ、かといって物語自体が難解という事でもないし、複雑な両国の政治情勢をインプットしないとわからないという事でもない。
そこには、次々とやってくる入国希望者たちの審査を淡々とこなす「入国審査官」がいるだけ。
そこに個人の感情は存在せず、ただひたすら、黙々と。
勿論「仕事」だから、いちいち個人の感情で振り回されたら堪らんけどね。

これはきっとそういう仕事(受付とかただひたすら「人」を相手にし続ける仕事)に就いたことがある方なら分かると思うんだけど、段々とその仕事の経験が長くなってくると、本当に「無」で接することが出来るようになるんだよね。
それは決して「無表情」とか「無愛想」という意味ではなくね。
失礼な客や横暴な客に対してあからさまに遣り合っても、結局立場的に折れなきゃいけないのはこっちだし、そんなところで労力を使うのが段々馬鹿らしくなってくると、徐々に「個」を制服の奥にしまいこんで「受付マッシ~ン」に徹することが出来るようになる。
頭ではわかっていても、実際にそれが「スイッチ」一つで出来るようになるには、やっぱりそれなりの経験が必要なテクニックでもある。
職場における「制服」って言うのはよく出来たシステム。
「個」を消して「マシン」に徹することが出来るし、職場はその「制服」に対して責任を負う義務がある。

・・・なんの話だっけ?

そうそう、淡々とした入国管理官。木造の掘っ立て小屋の中でただ入国希望者たちを待つだけの・・。
でも、そこで背負うものは、僕たちの「受付の愚痴」レベルではない。
「国の門番」として、正しいものと正しくないものを一つ一つ見極めなければいけない。
何しろ、ここを突破されたら祖国に「危険」が及ぶ恐れすらあるから。

だから彼は淡々とパスポートや入国許可証に書かれた情報を隅々までチェックする。
そこに予断を挟むことなく、あくまでも淡々と・・・。

しかし、そこへ祖国の兵士が尋ねてきてこう告げる。
「今日、婚約者が来る。うまく通してやって欲しい」

勿論通すさ。全てクリアできるなら。

程なくして現れる婚約者。
しかし・・・・
事情はよくわかる。しかし、個人の感情でルールを曲げるわけにはいかない。
そして彼女のパスポートに押される「入国拒否」の印。

去り際に「これを彼に・・・」とハートのペンダントを残して出口ではなく入り口へ戻っていく婚約者。

(ほんとうにこれでいいのか・・・)

机の上に飾られた自分の家族の写真。
その横にペンダントを置く。
ざわつく心。
若い二人の愛をこんな淡々と機械的に引き裂くことが私の仕事なのか。

そしてそこへ現れる一組の夫婦。
最初に入ってきた夫は「こっちの国に姉がいて暫く会っていないから会いにきたんだ。な~に、数日間の滞在で直ぐに帰るさ」という。書類にもおかしなところはない。あまりにも饒舌なのが気にはなるが「拒否する理由」がない。
だから彼は「入国許可」の印を押す。

次に現れたのはその妻。
「入国の目的は?」
「夫の姉に会いにきたの。3日以上いる気はないわ。わかるでしょ?」
なんだかそわそわしている。
パスポートと入国申請書を確認すると名前のスペルが一文字間違っている。
「・・・これは」
「そう、その間違いのせいで私の人生は苦労しっぱなし。お願い、見逃してもらえないかしら。もし私だけ戻されたら後で夫に何を言われるかわからないの・・」

明らかな「書類不備」。
絶対に通さなければならないような極限状況にもない。
いつも通り、入局拒・・・

「次回までに間違いを修正するように」

そういって彼女の入国を認める主人公。
それは彼のささやかなプレゼントだったのかもしれない。
ここを通って、夫の姉に夫婦で会いに行って親交を深め、あったかい「家族」の時間を過ごしてもらえたら・・・。
あるいは先の若い二人への懺悔の念もあったのだろうか・・・。

さぁ仕事に戻ろう。
「Next(次)!」






・・・・時に人生は残酷だ。
dm10forever

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