Kuuta

アイネクライネナハトムジークのKuutaのレビュー・感想・評価

3.8
今泉力哉作品。撮影、演出、脚本、全てが高品質にまとまった良作。

人生は小さな偶然の積み重ねで出来ていて、それを事後的に解釈する事で幸せかどうかを判断している。10年を一瞬で飛ばしてしまう脚本が非常に大胆だ。観客には佐藤(三浦春馬)が紗季(多部未華子)とどんな10年を過ごしたのか分からない。後半の佐藤のパートで我々は、2人の間にだけ流れてきた時間を、彼らがどう評価するのか外から見つめるしかない。

佐藤は、シャンプーの特売日を忘れない紗季が、同棲中も洗剤や牛乳の補充、花の水やりをしていた事に気付く。足りない液体を補充する献身は、家族のために居酒屋を営む織田(矢本悠馬)や、自宅でビールを注ぐその妻由美(森絵梨佳)にも現れている。

最初のプロポーズシーン。レストランの2人は窓枠で2分割されている。アパートの前で話す際、紗季の後ろには赤い自動販売機。カットが変わると佐藤の奥のアパートのドアには灯りが付いているが、紗季の後ろは不気味なほどの真っ暗闇が広がっている。

バス停での告白シーン。佐藤が子供に駆け寄る様子を見た、紗季の顔にかかる照明の絶妙な事。佐藤の背中越しの赤信号が、ある言葉を口にするタイミングで青に変わる。一方の紗季の後ろには、最初からずっと青い看板が灯っているのが泣ける。

(なお、この二つのシーンは「赤と青のどちらが勝つか」争うボクシングとカットバックされている)

全てが偶然に左右される事を笑って受け止めた瞬間、人生は予定調和の産物に変わる。全てがなるように嵌っていく小気味良さを「座ったままの人」に、偶然ではなく自分の意思で動こうとする「立ち続ける人」に対比して物語が進む。

各人の時間の捉え方をテーマにした作劇故に、シンプルな恋愛映画でありながら、普遍的な人生論に見える。運命を切り開くボクサーを信仰する人々の姿には、ちょっとキリスト教的な匂いもする。

偶然出会わなかっただけの他者が画面内を左右に通り過ぎていく。誰もが自分の望む世界を目指して戦う気持ちはあるが、次第に行動にきっかけを必要とするようになってしまう。仕事が忙しい、出会いが無い、バイトがある…。

運命を変えようとする力。前に出る事で枝が割れる。意識的に枝を割る。スイカを割る動作も印象的。

耳が聴こえない少年やTVの音量を下げる美奈子(貫地谷しほり)。能動的に動こうと決心する時、頭の中の鼓動を示すように軽快な音楽が流れる。

座って食事する場面が何度も出てくる。向き合ったり、隣り合って語ったり(ホテルのレストランではその両方ができていない)。少し煮詰まった由美のポトフを分け合う対比として、ファミレスで単品の唐揚げを頼む妻。

運命に従うだけの大人もいる。合唱で1人だけ音程を外してはいけない。歯車が機能して世界は回っていく。決してどちらの見方が正しい訳ではない(「座っているだけも大変」)。それぞれが混在して世界が成り立っているというサイクルが優しく描かれる。

サンドウィッチマンが見た目の印象そのまんまな使われ方をしていて笑った。仙台の映画だからなのかな。75点。