TakahikoKoike

家へ帰ろうのTakahikoKoikeのネタバレレビュー・内容・結末

家へ帰ろう(2017年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

ナチスドイツによって父、母、兄、妹、すべての家族を奪われた男の晩年。かつての友人との約束を果たすため、70年にわたって忌避しつづけていた故郷ポーランドへとひとり旅立つ。

描かれるのは、当時の苛烈な暴力の現場ではない。喪失とそのトラウマによって生きることもままならないような、凄惨なる半生でもない。

1945年を境に遠くアルゼンチンへと渡り、服職人として身を立て、多くの子、孫に恵まれた。右足を病みながらも老齢になるまで生き延びて、遺す身内たちにいくばくかの財産を遺すことができた。喪失“以後”の日々で、そのような平凡な日常を築くことができた男の、それでもなお胸のうちに残りつづける屈託をこそ、この映画は細やかに描く。

パリからポーランドまで向かう途上で「1m、1cm足りともドイツを通りたくない」と駅の事務員に詰め寄り、またやむを得ずワルシャワで乗り継ぎをする際には「決して地を踏みたくない」と駅のホームに衣服を敷かせまでする、滑稽なほどの頑なさ。

「死の行進」によって不随になった右足に「ツーレス」と名付けて相棒と呼ぶ、その皮肉めいたユーモア。

男のそうしたパーソナリティを、娘たちは疎み、町のひとびとは失笑する。しかし、“そのように生きることでどうにか正気が保たれた”のだということは、男のなかでいまなお熱を持って血が流れている、その傷の深さが裏付ける。

「自分がどのように生きたのか、いつか必ず報告しにくる」

ポーランドと別れを告げた際に友人と交わしたその約束は、70年の時を隔てて果たされた。悲嘆に倒れるのでなく、あるいは悲嘆を忘れるのでも、無理矢理に克服するのでもない。ただただ悲嘆を抱えつづけた70年の歩みを、男は再会した友に報告する。

そして男は自らで仕立てた“最後のスーツ”を、友人に贈る。言葉では伝え得ない、家族とすら分かち合えなかったままならない思いを、その一着にこめる。スーツは、映画の終わる最後の瞬間まで、黒いスーツカバーに包まれたままだ。“アズール(青)”だというそのスーツの色を、観客が目にすることはない。ただ二人の男たちだけが知る。
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