CHEBUNBUN

博士と狂人のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

博士と狂人(2018年製作の映画)
3.0
【オックスフォードでは舟は編まない。泥沼に沈めて造るのだ。】
先日、面白い情報を知った。

「オックスフォード辞書版《舟を編む》がメル・ギブソン主演で映画化された」と。

サイモン・ウィンチェスターの『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』を基にオックスフォード辞書初版制作に携わった男たちのドラマ『The Professor and the Madman』を観てみました。『舟を編む』と比べると、壮絶死闘なドラマがそこにありました。

本作は世界一の英語辞書を作るプロジェクトに関わった男たちの泥なまぐさいドラマだ。『舟を編む』だって、狭い部屋に缶詰となって黙々と言葉のカードを積み上げていった泥臭いドラマであったが、こちらは壮絶だ。なんたって、編集に参画した同志として精神病院にいた狂人が混ざっているのだから。獄中から1万件以上の投稿をメル・ギブソン演じるジェームズ・マレイ教授の元に送りつけてくる狂人ウィリアム・マイナー(ショーン・ペン)の力を借りて完成に漕ぎ着けるのだ。もちろん編集の現場も大荒れです。

例えば《Sculpture(彫刻)》という言葉の起源について議論する場面がある。14世紀?15世紀?いやいや19世紀にジョン・ラスキンが使い始めているぞ、だから1849年が起源ではないのか?17世紀からこの言葉消えてないか?なんで200年も使われてないんだ?証明なんかできっこないぞ。

みたいに激しい口論が図書室に飛び交うのだ。言葉を掘り下げていくのは非常につらい作業だ。よくトヨタ式教育、フィンランド教育で「WHYを繰り返せ、真実が分かる」と最良の論理的思考教育としてもてはやされているが、それができるのは超人だけだと思っている。常人がこんなのをやられた日には発狂してしまうだろう。曖昧さを正そうとすれば、単純ながら底が見えない程深遠な迷宮に心が折れそうになってしまうのだから。だからこそ、凄惨な病院の深部から言葉の杖を振り回し続けたウィリアム・マイナーの力が活きてくるのだ。まさに人を超えた存在であり、言葉に取り憑かれてしまったモンスターと対峙することで、ジェームズ・マレイはある意味正気を取り戻し、ゴールに向かって邁進する。一歩一歩は微々たるもの。たった0.1mmの紙を積み上げ、どんな塔よりも高い知識の塊を創り上げる様に心踊らされました。

日本公開は未定ですが、TOHOシネマズ シャンテあたりで上映されてほしい秀作でした。
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