レインウォッチャー

ライトハウスのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

ライトハウス(2019年製作の映画)
4.5
「What does Death look like to you ? / あなたから見て’死’はどんな姿?」
(『ミッドナイト・ゴスペル』第7話)

死とは人間がもつ根源的な恐怖。
尊厳と呼んだものが剥ぎ取られ、極限状態で死と向き合ったとき、彼はその瞬間にもっとも自分が恐れる姿として目前に現れるだろう。世に溢れる怪異や幻視の類は多くがこの表出、死との擦れ違いなのではないだろうか、などと考えるのだけれど、つまりその姿は刻々と変わりゆくものでもある。
灯によって浮かび上がる陰の形が時間によって変わるのと同じ、この奇っ怪な映画に封じ込められているのはまさにその蠢きではなかろうか。

その効果を煽るアプローチとしてか、映画の内も外も徹底して限りなく縛られた環境が作られている。
若者(ロバート・パティンソン)と老人(ウィレム・デフォー)というたった二人の登場人物と、どこへも行けない孤島=密室。
そして、モノクロの映像に狭く固定された正方形の画角。娑婆ではIMAXだMX4Dだと情報や色彩を盛り盛りにした映画が跋扈する中、この逃げ場のない絶海シチュエーションにぞくぞくするわたしがいる。
否が応でも鍵穴を覗き込んでいるような、原初のファンタズマゴリアに魅了されたような後ろ暗い欲望とシンクロさせられるのだ。

さらに特筆すべきは音作りである。音楽を担当したマーク・コーヴェン氏はあの密室ホラーの古典『CUBE』でもその手腕を振るった方であり、なんとホラー音専用楽器なるもの(※1)を生み出してしまった怪人でもある。
今作でそいつが使われているのかは定かでないが、灯台が放つ「ブオォーオーオン」という異界からの呼び声のような轟音や、作業場で主人公たちを追い詰めるように空間をガッチャガッチャと埋め尽くす機械音など、異常な音量バランスで音が襲いかかり平常心を削っていく。(映画館で観られなかったことが悔やまれる。)

物語の序盤において既に若者の正気があやしいことは見てとれる。よってそれから映るもの、見聞きするものはどれも信用がならないと考えて良さそうだ。
象徴的に落とし込まれた表現が多いけれど、どこまでが正気でどこからが狂気なのか、あるいはそんな線引きすら最初からなかったのか、恐ろしくて飛び起きた悪夢の全体像を決して思い出せないのと似た感覚で、恐怖の姿は最後まで揺らぎ続ける。まさにそれは名付けることも発音することも許されない邪教の神のように…

転じて、この映画を多層的な楽しみ方ができる作品に仕上げていると思う。
果たして灯台には「何か」が本当に潜んでいたのか?ホラーと見るか、『罪と罰』のようなサスペンスと見るか。
あるいは単純に男二人のマウント取り合戦を楽しむか、さまざま仕込まれた神話・宗教的モチーフを拾い集めるか。
実はディズニーランドくらいエンタメ懐が深い作品かもしれない。いや、どっちかといえばシーか。

とはいえ方々のレビューでは賛否が極端に割れていたりして、それもまた納得だ。
わたしは全力で楽しめた自信があるけれど(むしろ大笑いする場面も所々あったし)、ある程度体調がいいときじゃないと胸が悪くなるかも、とは思う。そういう意味でも、A24絡みでは『ヘレディタリー』と2強くらいで心の隠し棚にしまっておきたいホラー作品。

観るタイミングによっても気づくポイントや感想が変わりそうなので、折に触れて何度か見返してみたい。
いつか、最後に見える姿がわたしそのものの顔貌をしているのでは、という恐ろしくも蠱惑的な何かが胃の底にある気がするのだけれど、気づかないふりをする。

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最近になって、今作の劇場パンフレットに伊藤潤二氏の描き下ろし漫画が載っていたことを知った。
公開当時、気にはなりつつも上映している劇場に足を運ぶ機会がつくれずに観逃してしまった。死ぬほど(死ぬほど)後悔している。
おかげで、嵐がきたシーンでは頭に「台風1号はお前にぞっこんだ!」という台詞が鳴り響いていた。

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※1:「不安発動機」というらしいです。シスが作ったドラえもんかよ。
https://heapsmag.com/mark-korven-apprehension-engine-the-scariest-craft-sound-for-horror-movie-composer-dissonance