ベルサイユ製麺

シシリアン・ゴースト・ストーリーのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

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WARNING
心が疲れている人、心が死にやすい人は観てはならぬよ。


イタリア、シチリアの山勝ちな小さな街。
13歳の男の子ジョゼッペと女の子ルナ。互いにほのかな恋心を通わせる。しかしルナの母親はジョゼッペとの付き合いを決して許そうとはしない。…ジョゼッペの父親がカタギでは無かったから。
ジョゼッペの父は仲間だったマフィアの情報を警察に売り、報復から逃れる為に誰も知らない何処かに身を隠している。

…ある日、ルナはパトカー(…)にジョゼッペが乗っているのを見かけ、

…それからジョゼッペは消えてしまった。


『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』シリーズ、今作は舞台をシチリア島に移し…たのではなく、コレはコレ、アレはアレ、そういうものです。
自分、たまーにレビューで「ジャケやタイトルに騙されて見ちゃう人が居るかもしれんから…」とか書くんですけどね。今回はまんまと勝手に騙されて観てしまいましたね。

実話がベースで、タイトルは原題のまま。ゴーストのストーリー。なので、ゴーストになる人が居る物語。人の心が折れて、次第に無抵抗→無反応になっていく過程が描かれています。
冒頭から、美しくも冷たい映像で、淡々と進行します。若い魅力的な男女が映っていても、長閑で青々とした自然が映し出されてもまるでズビャギンツェフの作品のように陰鬱な空気感。
…というか、本当に、最後まで淡々と、心が凍てつく出来事が描かれますね。静謐で、夢と現とが曖昧になってしまうようなルックは、ちょっと『静かなる叫び』や『乙女の祈り』を想起しましたが、内実は全く違います。脳を働かす余地も無いまま、心が蹂躙される。

それにしても、冷たさの中にも、無残さの中にも、美しさを、惨劇の中にも神聖さを見出してしまう人間という生き物は、自然の摂理からどれほど外れた生き物なのでしょう。吐き気がするほどロマンチックですね。

現在、心がめちゃくちゃに死にやすくなっているもので、物語後半に入ったくらいでもう完全に心が息してなかったです。横たわって動けない状態なのに、まるでゲームのそういうバグみたいに、最後まで映画からダメージを受け続けてしまいました。僕は直ぐに事件の被害者の気持ちになってしまう嫌な癖がありまして、酷い事件の話を聞いてはしょっちゅう惨殺される夢を見て飛び起きてしまうのですよね。多分この物語も、そのバリエーションの一つとして加わる気がします。
…ホントのジョゼッペ君、別にゴーストになってないですよね?死んだ事ないから分からないけど、多分苦しくて、目を開けていられなくて、それからチカチカした視界が黒く抜けていって、それで終わりですよねー。
物語の中で永遠の命を…って言えば美しいですけど、ジョゼッペ君の為じゃなくて、我々が”そうであって欲しい!”って思ってるだけでしょう。だって自分が最期の瞬間に“どうか自分を思い出の・物語の中で生かして!”とは思わないですもの。ジョゼッペ君が預かり知らぬところで、感想とかを持つのが後ろめたいなぁ。

それであの、作劇や演出は好みによって評価が分かれると思うのですが、個人的にはあんなに細かく描写する(アレでも控えめなつもりなのかもしれないけど…)必要があるのか疑問を感じはしました。もっとぼやかしても意味は分かるんじゃないかな?“悲惨”と“ファンタジー”の振れ幅がちょっと激しいと思う。

現実と、幻想と妄想とが混じり合う展開は、主観としては起こりうる事だと理解出来るのですが、例えば冒頭から度々差し込まれる“水の視点”みたいなのとかは、時系列の問題などから、その真意は余り上手く咀嚼出来ませんでした。何度か見直せば、理解は深まるのかもしれないけど、二度と観ないし、寧ろ観ていない状態に戻れるのなら迷わずそうします。

これが完全なフィクションなら良かったのに。まるで知らなかった最悪な出来事を知らされ、未だ誰にも知られていない多くの最悪な出来事が頭を巡り、また心は何度も死に、魘されて飛び起き、“夢で良かった”と安堵などしくさって僕はまた惰眠を貪るようになるのだ。