ひろゆき

教誨師のひろゆきのレビュー・感想・評価

教誨師(2018年製作の映画)
3.4
銀幕短評 (#159)

「教誨師」
2018年、日本。 1時間54分、公開中。

総合評価 67点。

教誨師(きょうかいし)がなんたるかを、ものしりのわたしは当然に知っていた。まあ性格からいうと、一種の “おくりびと” である。

罪人を極刑に処する直前に、罪を悔悛したかどうか 更生の方向に向いていたかどうかに関わらず、無条件に提供される いわば “精神リラクゼーション サービス” である。しかし なかには、教誨師の施しを拒絶する者もいるらしい。

ここまで記してスクリーンに向かう。
と、

教誨師は刑の執行のときにだけに罪人に会うのではない。死刑囚に定期的に接見し、その話しを傾聴し、内容に応じて共感を示し、ときに説諭し、受刑者の精神状態と思考の安定と改善を図るようである。わかりやすく例えると、産業医の定期往診である。ただ 産業医には、刑の執行に立ち会う役目が含まれてはいないわけで。

そういう行為の性格上 教誨師には宗教者が向いているとされており、本作ではキリスト教の牧師(大杉 漣)が務めている。牧師なので、聖書を開きながら 神、キリスト、天国などを引き合いに出してジュンジュンと教えを説くわけだが、このあたりは宗教に関心のないわたしには ほぼ説得力がない(「リメンバー・ミー」(#132、72点)をご参照)。

けっきょく、宗教者であるなしにかかわらず、このような “命に関わるコミュニケーション” には、傾聴、共感、道理、倫理、哲学の考え方に長けたひとを任じるべきだろう。主人公はそれなりの理由で なるべくして教誨師になったようであるが、わたしには3回生まれ変わっても到底ムリである。でも1度は接見を受けてみたい気はする、受刑なしで。

神はこころの中にいる。
この考え方には わたしは同感します。
小さい神が。