takanoひねもすのたり

人間の時間のtakanoひねもすのたりのレビュー・感想・評価

人間の時間(2018年製作の映画)
3.0
キムキドグ監督によるパニックホラーでもありSFホラーでもあり寓話ホラーでもあり。

原題は「人間、空間、時間、そして人間」
これがそのまま章立てになっています。


物語は現役を終えた元戦艦に一般客を載せて海洋クルーズへ出港直後から。
そこに乗り合わせた乗客達。
国会議員とその息子、議員に取り入ろうとするヤクザの軍団、新婚旅行の日本人夫婦、娼婦、普通のカップル、半グレ系青年集団、家族連れ、おっちゃん連中、ひとり甲板で紙コップに土を集める老人。

船の設備は元戦艦なだけあって所謂豪華クルーズ船の内装ではなくただゴツい。
でもここで格差が生まれます。
国会議員とその息子は一等客室(といってもソファー、テーブル、ベッド、バス・トイレ付のちょっと広めというくらい)食事も豪華なフルコース。
一般人は狭い客室、食事はアルミ食器に無造作に盛られたご飯、テーブルも用意されない。

待遇格差にキレたオダギリジョーが国会議員に詰め寄る。
「同じ客なのに部屋と食事の差はどういうことですか!」
そこにリュ(ギラい豊川悦司風味)演じるヤクザのボスが間に入り一触即発。
一旦は国会議員が「皆さん申し訳ない」的な演説ぶって場は収まるものの、議員がオダギリジョーの妻・美菜に目を付けたことから悲劇が開始。
彼と美菜さんが睦み合ってるところに半グレ青年達が雪崩込む、オダギリジョーがボコられる→美菜押し倒される→オダギリジョー、待ち伏せしていたリュにナイフで刺され海へ落とされる→美菜はリュにレイプされる→更に国会議員も彼女をレイプ→国会議員の息子チャングンソクも気を失ってる彼女の裸体を見てしまい思わずやっちゃう。睡姦だぞ、お前それ。

そしてそれを一部始終覗いている謎の爺さん。

意識朦朧で目が覚め甲板に出た美菜は、船から見える筈の無いものをみて呆然となる。
海が無くなって船の下には雲が。
どういうことこれ?
どういう訳か軍艦が空中遊泳。遥か下に雲海。

序盤から社会の構図が丸出し。
権力者、それにおもねる者、暴力を振るう者、お金、セックス。
最初からディストピア感が満載、搾取される者はされ続け、性を対価にする者、権力のある者は好き放題に支配を振るい。
暴力沙汰やイカサマが常態で物語は進む。
話の展開は荒く強引です、もう力技、問答無用で「お…おぅ…」と納得させられつつ物語は進む。

謎の異世界の空間であることと脱出が不明なことから、真っ先に残りの食料が掌握され、一般人は少量の食事での我慢を強いられることに。
当然文句は出る、食料庫に忍び込んで盗もうとする奴もいる、ヤクザのひとりを買収して横流ししてもらおうとする奴もいる。
そういう人達は容赦なく制裁。
国会議員、自分の権力に陶酔し段々独裁者じみてくる。父親の非人道的な行動にドン引きの息子チャングンソク。

一方、オダギリジョーの殺害を知った美菜は自殺を図ろうとするも謎の爺さまに止められ、なんとなく彼と行動をともにすることに。
爺さまは何と船倉で、残飯から種を取り出し集めた土で野菜の栽培と卵から雛をかえして生育してた。
「おじいさん、こうなること(変な空間に飛ばされ食料が枯渇すること)を知ってたの?」
当然の質問、しかし爺さまは微笑むだけで答えない。

船の中の時間の流れが不明ですが、ほどなく美菜は妊娠していることを知り再度自殺を図る。
しかし爺さまの身振り手振りの「産みなさい」の圧に負け「子種の候補は4人…自信は無い、でももしかしたらオダギリジョーの子供かも」と考え直し、何が何でも子供を産むことを決意。

さて。甲板で集めた土だけじゃ作物の栽培に足りないのは当たり前…そんな折に、食料の揉め事で殺人が発生。爺さまはその死体を運び、分解し、肉は肉、骨は焼いて砕いて土に。
肉切り包丁で捌いてゆく手際の良さ、そして血のしたたる人肉を貪る美菜。

日常→非日常に放り込まれた場合、ひとはどこまで道徳的でいられるか、モラルを外さずにいられるか、欲望と本能は、正当なのか野蛮なのか、という話だと個人的には思うのですが、割と序盤から暴力的にやりたい放題の展開なので、食料の逼迫と共に荒廃してゆく船内の荒れっぷりが、割と「そりゃそうなるだろ…」って印象で。

やってることはめちゃくちゃ非道。
廊下とか倉庫に罠を仕掛けて、手榴弾で皆殺しとか。
逃げ延びた数名を鉄パイプやナイフで雑に殺害するとか。少ない食料巡って殺戮おっ始めて、結果、残るのは、謎の爺さんと子どもを産むため生存本能マックスになってる美菜と、チャングンソク。
チャングンソクですが、中盤からゲスさが加速するので、そこが興味深かったです 笑
(兵役前はアジアのプリンスと言われたイケメンが…今作では女をレイプし、生き残るために立ち回り、食欲満たされたら性欲丸出しで迫り、肉食わせろーと半狂乱になる役柄です)

作中ではこの呼称は使われませんが役柄を見ると分かりやすく美菜→イブ、チャングンソク→アダム、となっており、それでいうと謎の爺さんは神ですかねぇ…楽園(食料の自給自足システム)を作り自己犠牲的な展開で身を消す、我が身の一部はアダムとイブに与えて血肉になり(この「お前が喰えばお前の一部になり俺は生きづつける」という思想は議員の死とチャングンソクの時でも描かれている)子どもに引き継がれてゆくという…。

美菜や他の女性が複数にレイプされ続けるのも、男のための性のはけ口として登場する女性達も、何かこう…性と暴力がセットで描かれるのが何度かあって。
あとラストのオチですか…、女性に対して、蔑視的なものは感じたかなあ…、子種が誰のものだったのか、そして繰り返される暴力、救いがねぇよー。
一方で「母性の強さ」も描いているんですけれど、美菜=イブがいっこうに老いが無いのに対して、子どもは着実に成長しているので、肉の器としての循環装置みたいにも思えてしまい。うーんと思ったり。

カニバリズムが描かれますが、割と新鮮なお肉色でナイフで切り取ってもぐもぐしてます。
鯨肉とか牛肉の塊みたいでさほどグロさは感じない。
後半では食べるものが人肉のみで、
「人肉あきた…鶏を締めて食べよう」なセリフも。
(番いの鶏は卵を産むまで禁食ルール)
チャングンソクが父親の死体を口にして「マズっ!腐ってやがる…」というシーンにひとの食の業の深さを。

あ、そっか、人肉を食べる禁忌を犯せるかってことも命題ですね。遭難時の緊急避難で過去に人食事件起きてることを考えると…異空間とはいえ遭難した船だし。
美菜はお腹の子どものために。
チャングンソクは空腹に耐えかねて。
…うーん、あの軍艦に居ること事態が嫌過ぎるので暴動が起きる前の段階で投身しちゃいますね、自分なら。あはは。
焼くか煮てくれたら食べれそうです。
生ならソルベ風にしてくれれば…いけるかな…笑

食欲と性欲が、一番暴走しやすいというのは分かる気がします。
それが生存本能に立ち帰ると是とされてしまうことにはちょっと違和感は覚えるかも。
弱肉強食の仕組み、優勝劣敗の思考なんですよね。
端的に今の社会の仕組みを寓話的に描いているだけだと言ってしまえばそれまでですが。