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若おかみは小学生!のしののレビュー・感想・評価

若おかみは小学生!(2018年製作の映画)
4.6
温泉旅館で展開される、傷を負った者同士の交流。それは、人と人が繋がり共生する場としての「社会」そのものでもある。「死を受け入れて生きていくこと」を可能にするものとは何か。おっこたちと一年を過ごすうちに、観客も作品世界の一員となり、その答えを共に見出す。

94分という短尺ながら、確かにおっこたちと一年を共にしたという実感がある。それは、冒頭とラストの対応や、季節感の演出などの技巧面によるものだけではない。主人公・おっこのひた向きな姿と、そこから発生していく客とのドラマ一つ一つが真実味に溢れていて魅力的だからだ。

温泉旅館が「疲れを癒す場」というだけでなく、「人と人が癒し合う場」として描かれているのが気持ちいい。おっこが学ぶおもてなしの心は、単に若おかみという仕事柄要求されるものではない。それは、人の為に尽くすことが自分に返ってくるという社会の在り方そのものだ。そして、宿泊客も観客もその営みの一部となる。「明日も頑張ろう」と言って旅館を後にするのだ。

その他にも様々な教訓がある。例えば、人を見た目で判断しないこと、「普通」という杓子定規の危うさ、他人に尽くすこと、受け入れることの大切さ……。どれも一歩間違えば押し付けがましかったり説教臭くなる所を、「女将の教え」というテイで絶妙に伝えてくれる。そしてそれらが有機的に結び付き、死の克服へと繋がる巧みさ。

ラストには完全にやられた。劇中の宿泊客も、鑑賞していた我々も、皆あのシーンで同じ「観客」となり、完全にあの作品世界の一員となる。それは、おっこの一年間のドラマの到達点であり、共生が導く未来の示唆でもある。言い知れぬ多幸感に、あそこから輪が広がる気配を感じた。

本作は、『リメンバー・ミー』に不満を抱いたような人にもすすめられる気がする。方向性は違うが同じモチーフを扱っていて、その用い方がより現実的というか。良心だけで構成されてる感じはあるのだが、そこに没入し共感できるだけの物語的な強靭さ・真実味がある。

文部科学省選定作品というだけあって、打ち出される教訓そのものは教科書的なもので、ともすれば理想論的なものだ。社会の中で役割を見つけ、生きること。本作が素晴らしいのは、そういう内容をごく自然なものとして、かつとても魅力的なものとして実感させてくれることだ。作品世界と地続きの感覚。すなわち、あの旅館を中心に共生の輪が形成されていく感覚を確かに覚えた。


(2018.9.26追記)おっこが若おかみの道を選んだことについて

序盤、おっこはまだ魂がこの世とあの世の間にあるような状態で、だからこそ幽霊が見える。現実に向き合えていないのだ。そこで、ひとまず我を忘れて何かに打ち込んでみる。「従順すぎる」というような感想もあるが、大事なのは彼女が後に「現実」に向き合ったとき、それでも若おかみであろうと選択したことだと思う。

これは環境によって人が形作られるということでもあるが、本作ではおっこが若おかみの道を拒もうと思えば拒めるんじゃないかと思えるくらいの絶妙な強制力になっていて、更にピンフリがカウンターとして配置されることでそれが強調されている。自分はうまいバランスだと思った。

すなわち、ピンフリはおっこに終始「若おかみになる意思」「花の湯を継承する意思」を問う存在だった。そんな彼女に対しておっこはどんなリアクションをとったか。また彼女は最終的におっこをどう捉えたか。重要なのは、おっこが宿泊客との触れ合いの中で自発的にその意思を固めたことだ。

そもそも、あの精神状態の子が最初から自分の力で生きる道を選択するのは相当困難だと思う。だからこそ初めの取っ掛かりとして春の屋という「環境」があったのであって、彼女が若おかみになったかどうかは結果論でしかない。大事なのは、彼女がこの世に生きる道を選んだことだろう。


(2018.10.5 追記)
映画ライターのヒナタカさんと本作を大絶賛したラジオ
https://youtu.be/Zln3mAjfEIE

(2018.10.14 追記)
本作における「幽霊」の物語的役割について
https://fse.tw/ikq9M#all
(上記のラジオから抜粋した内容)
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