140字プロレス鶴見辰吾ジラ

翔んで埼玉の140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

翔んで埼玉(2018年製作の映画)
1.5
【誇りなき茶番】

私、鶴見辰吾ジラは埼玉県民である。埼玉は蓮田の生まれ、湘南新宿ラインによって住みやすき平和な街の生まれだ。

「埼玉に海はないが、誇りはある!」だとふざけるな!では、何故ゆえこの映画は自らを“茶番“と謳う?やるなら振り切った世界観ですればよい!冒頭と中盤、終盤にチラチラ挟み込まれる現実パートに息継ぎのように逃げるのはやめろ!物語が劇中劇だと予防線を張るのは臆病者のすることではないのか?そこに誇りはあるのか?

「翔んで埼玉」とギャグと誇張したデフォルメ化したローカルネタを楽しみにしていたら、目の前には翔ぶことなんてままならないカタルシスのない後付けという濁ったクライマックス。物量作戦で魅せる合戦シーンは見物だし、序盤からハイペースで埼玉の田舎性や茨城、千葉、群馬等に対しての東京の上から目線ぶりは嫌いじゃないし、デフォルメ化した人種差別問題提起もママゴト的に偏差値落として万人受けを狙った戦術として推したいが、何か集中力散漫に「これは茶番だから…」の念押しに呆れてしまう。県民のローカルコンプレックスにもっと寄り添ってもよいじゃないか?東京で働いてるが、田無と八王子のくだりは最高だったぞ!だが、結局は誇張したローカルイズムを表面上で揶揄して「県民ギャグいいでしょ?でも茶番だからおこらないでね?」のような逃げの姿勢が見え見えで、宝塚的な煌びやかさの可笑しな世界観を生かし切れてない。政治学園コメディの「帝一の國」の最初から突き抜けた感覚が、現実パートで阻害されて劇中劇の天井ありきの世界観じゃ、とてもじゃないが翔べない。年間ワースト候補。