カツマ

バーニング 劇場版のカツマのレビュー・感想・評価

バーニング 劇場版(2018年製作の映画)
4.2
実体のないノワール。赤黒く燃える影は灰のように虚空へと舞う。人生は無機質な色彩に抱かれながらも、ただその舞いだけが心情を陰影のごとく映し出す。社会の縮図、語らないメタファー、それら全て燃やし尽くし、循環し、また世界は回る。向こう側へと渡るのか、それともこちら側へとしがみ付くのか、この世は何て儚くて、壊れやすいものなのか。この映画を見ているとこの世が孤独を中心に回っているような気がした。

村上春樹の短編『納屋を焼く』を韓国映画界の鬼才、イ・チャンドンが大胆にリメイクした作品。だが、舞台は韓国に置き換わり、ストーリーも大幅に脚色されている。イ・チャンドンはこの映画に現代の若者の生きづらさを投影し、現代社会の暗部を暗示的に映像化することに成功している。それらは全てメタファーとキーワードで組み立てられ、説明は廃されており、解釈は鑑賞者へと委ねられることとなった。

〜あらすじ〜

アルバイトで生計を立てながら小説家の夢を追うイ・ジョンスは、幼馴染のヘミと偶然再会する。彼女は整形して美しい容姿を手に入れており、幼い頃とは印象が変わっていた。そんな彼女に惹かれていくジョンスは、ヘミがアフリカ旅行に行く間、彼女が飼っている猫に餌をやるという依頼を引き受け、時々彼女の部屋へと上がり込み、彼女のことを想った。
アフリカ旅行から帰ったヘミには連れがいた。ベンという男はミステリアスであったが金持ちで、短い時間でヘミとも親密な関係を築いていた。それからジョンスがヘミに会おうとすると、必ずベンが帯同し、二人きりになる機会は失われていった。
そんな折、ヘミとベンがジョンスの家を訪ねてきた。そこでベンは奇妙なことを言う。彼は2ヶ月に一度ビニールハウスを燃やすのだと。そして次に燃やすそれはジョンスのすぐ近くにあるのだと・・。

〜見どころと感想〜

この映画は明確な答えは鑑賞者に委ねられている。それは暗喩(メタファー)であり、キーワードとしてのヒントであり、またジョンスの行動から読み取ることで完成する。そこにあるのは失業率の増加と喪失ばかりの社会の暗示。
また、それと同列にサスペンスとして何が起きたのかもまたヒントから読み取ることもできる。ヘミは何故消えたのか。ベンは何故金持ちで、特定の女性を囲うのか。そして決定的なのがベンとヘミがどこかお互いの需要の元に動いている節があるという点だ。鑑賞者側は何も知らないジョンス視点でこの映画を紐解くことになるであろう。

主に3人の登場人物で形成されるこの映画。ヘミ役を演じた新人女優のチョン・ジョンソはあの印象的な夕陽の舞いで強烈な印象を残したはず。またウォーキングオブデッドへの出演でお馴染みのスティーブン・ユァンもまた静かなる怪演を見せている。が、それでも主演のユ・アインによる淡々と堕落した若者の描写が最もこの映画の世界観を象徴していたような気がする。

見終わった後に残るものは果たして何か。悲しみか、慟哭か、それともやり場のない怒りか。それらは全て燃やされるべきもの。焔の中へと消えゆく思念の残骸が、プスプスと煙を巻いてどこかへと漂っていく。

〜あとがき〜

暗示型の作品のため、難解とも取られそうですが、実はヒントは無数に転がっていて、それらを繋ぎ合わせると鮮明な絵が広がるようになっています。時折、言葉の端々に村上春樹臭はするものの、全体としては完全に韓国映画のテイスト。しかも、ハードコアな物語を得意とするイ・チャンドンなので、韓国映画特有の振り切れ具合も相まって強烈な余韻を残してきます。

夕陽のダンスのシーンは映画史に残したいほどの名シーン。また、カメラワークも長回しから静止画までさりげなく小技を効かせたニクい演出。
150分弱と長いですが、圧倒的な没入感で最後まで転がり落ちていくような感覚で見ることができました。