湯呑

毒戦 BELIEVERの湯呑のレビュー・感想・評価

毒戦 BELIEVER(2017年製作の映画)
4.4
韓国映画界の現在の充実ぶりを示す、良リメイクである。
捜査官による潜入捜査、というジョニー・トー版のメインプロットはそのままに、例えば麻薬組織のボスの正体については、元々のアイデアを上手く活かし、そこにフーダニットの要素を盛り込んで観客の興味をクライマックスまで惹きつける。また、オリジナル版では麻薬捜査官ジャン警部と捜査に協力する麻薬密売人テンミンの緊張感溢れる関係性に焦点が置かれ、その他の登場人物についてはどちらかというと控えめな描写に止めていたのを、本作では俳優陣の熱演もあり、それぞれに興味深い人物造形がなされている。特に、闇商人ハリムについてはこの作品が遺作となったキム・ジュヒョクの怪演もあり、単に気のいいオッサンという感じだった原作をはるかに超える、狂気じみた印象を残す。逆に、このキャラクターが誰にも真似できないぐらい強烈であるが故に、麻薬捜査官がその特徴や癖を完コピしてすり替わる、という元々の面白さが消えてしまった感もあるが…
麻薬捜査官と捜査に協力する密売人の関係性も、密売人の幼年時のエピソードが追加された事でより厚みを増し、彼自身のアイデンティティをめぐる苦悩まで描かれる様になった。「BELIEVER」というタイトルが示す通り、誰かを信じる事、あるいは疑う事をめぐって、不器用な生き方しか選び取れなかった男たちの行く末が、情感たっぷりに描かれていく。麻薬捜査官ウォノを演じたチョ・ジヌン、密売人の青年ラクを演じたリュ・ジョンヨルの好演も光る。
この様に、本作は香港版をプロットを換骨奪胎しつつ、そこにウェットな人間描写や派手なアクションシーンを追加する事で、一級のエンターテインメント作品にブラッシュアップしている。まだキャリアの浅い監督にこれだけの作品が撮れてしまうのだから、韓国映画界のレベルの高さが窺い知れるだろう。
しかし、この優れたリメイクを観れば観るほど、ジョニー・トーによるオリジナル作『ドラッグ・ウォー 毒戦』の異常な魅力が際立つのは皮肉なものだ。ここには『毒戦 BELIEVER』が付け加えた起伏のあるプロット、情感豊かな人間描写など、エンターテインメント映画に必要とされるものが全て欠如している。ジョニー・トーが描くのは、内面の欠如した亡霊の様な人々がひたすら死に向かって突き進んでいく、その奇妙な運動の軌跡とでも言うべきものだ。主人公の麻薬捜査官ジャンにしろ、捜査に協力する密売人テンミンにしろ、リメイク版の様な内面描写が排除された彼らは、観客にとっては不可解としか思えない衝動に駆られて突き進んでいく。
特に、クライマックスからラストに至るシークエンスは、『毒戦 BELIEVER』とはテイストの全く異なる、ドライとかシニカルとかいった表現すら当てはまらない異常な展開を見せる。ぜひとも、両作を見比べて頂く事をお勧めしたい。
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