ラウぺ

バンクシーを盗んだ男のラウぺのレビュー・感想・評価

バンクシーを盗んだ男(2017年製作の映画)
3.7
バンクシーのドキュメンタリー映画はたぶんこれが3本目くらいだと思いますが、私は「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」に次いで2回目。
「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」でも描かれた壁を剥がして売ってしまう人が登場しましたが、こちらもロバの身分証をチェックするイスラエル兵を描いた”Donkey Documents”と呼ばれる作品を剥がすのに手を貸したタクシー運転手とそのボスが登場します。
映画の主題ともなっているこの絵は一見イスラエルの過剰な監視体制を揶揄したアートに見えますが、ロバは蔑視の象徴であり、これをパレスチナ人をロバに見立ててバカにされたと考えるパレスチナ人もいたとのことで、剥がされて転売されたことも手伝い、論争の火に油を注ぐことになっているとのこと。
ストリートアートというアナーキーでメッセージ性を持つことが大きなアイデンティティともなっている媒体の宿命といえるかもしれませんが、バンクシーがこれを描いたときに果たしてどこまでその波及先を考えていたことか?映画でもそれを話題にする人が居ましたが、一つのアートでも見る人や立場の違いによって捉え方はさまざまに変化しうる、という、ある意味あたりまえの事象を目にすることができます。

この映画では”Donkey Documents”以外には殆どベツレヘムのバンクシー作品は登場していませんが、検索すると10点近い作品が分離壁や建物に描かれているのが分かります。
一連の作品を通して眺めてみれば、バンクシーがパレスチナ人を揶揄する意図で描いたのではなく、あくまで分離壁でイスラエルとパレスチナを物理的に分断しようとするイスラエルの強硬政策を非難していることは明らかだと思うのですが、件のタクシー運転手の話を聞いていると、長らくイスラエルを支持してきた西欧文明に対するパレスチナ人の根深い不信を感じずにはいられません。

型紙などを使い、見つかって通報される前にささっと完成して引き上げるバンクシーの手際の良さと、その風刺の利いたイラストのキレの良さはやはり痛快で、大変魅力的であることは間違いありません。
ベツレヘムとニューヨーク、更に最近の作品を見るにはやはり映画より書籍が良いと思いますが、映画はベツレヘムから持ち出されアントワープからロンドン経由と、それを転売する人々の方にシフトしていきます。

バンクシーについて語るとき、必ずついて回る、単なる落書きなのか、無許可で他人の所有物に描かれた絵の所有権や著作権は誰のものなのか?ストリートアートというその場所にあることに特別の意味をもつはずのアートが、その文脈から切り離されて売りに出されことについての是非等々・・・簡単に白黒つけることのできない問題を次々に提示することで、バンクシーとストリートアートが持つ問題の本質を浮き彫りににしていきます。
これは「バンクシー問題」に初めて触れる人にとっては大変興味深く、脳味噌フル回転で鑑賞後もさまざまなことに考えを巡らすことになるかと思いますが、「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」でもやはり同種の問題提起がなされていることもあり、やや既視感を感じることもまた事実です。
一方はアメリカ、こちらはイタリアと製作国とスタッフも違うため、逆に多面的にバンクシーを扱うとなればテーマが被ってしまうのは致し方ないところかと思います。
そういう意味では、ベツレヘムのバンクシーに話題を集中してもらった方が、新鮮味があったといえるかもしれません。
とはいえ、具体的なドキュメントとしての立ち位置をあまり踏み外さない「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」と周辺の問題を包括的に扱った本作の違いは明確で、優劣はなかなかつけがたいと思います。
作品そのものについては、アートとしてのエネルギー、メッセージ性、そのもたらす意味や影響力等々、描かれた作品の魅力はニューヨークよりもベツレヘムの方が強烈な印象を残していると断言してよいでしょう。
ラウぺ

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