ヨーク

ジュディ 虹の彼方にのヨークのレビュー・感想・評価

ジュディ 虹の彼方に(2019年製作の映画)
4.1
いいですね。凄く好きな映画。栄光と転落を俯瞰的かつ冷酷に描きながらも表現者とその受け手に対して希望を残してくれる、土砂降りの雨の後に雲の隙間から少しだけ晴れ間が見えるような映画でした。まぁそんなの面白いし好きに決まってるよな。
しかし褒めてばっかりもあれなので最初に難点を書いておくと、本作は『ジュディ 虹の彼方に』というタイトルの通りジュディ・ガーランドの人生を描いたものなのだけれど説明的な部分がほとんどない。途中で若き日の回想シーンは入るものの映画の大半は晩年のロンドン時代なので一人の人物の伝記映画としてはいささか不親切というか、ジュディ・ガーランドをよく知らない人が観てもいまいち感情移入できないのではないだろうかという気はした。若い頃にビタミン剤のノリで渡される薬がアンフェタミンだったという説明もなかったと思うがその辺も昔のハリウッドの功罪とか光と影を分かる人にだけ見せている感じでハッキリとしたセリフとかでは語られない。その辺が伝記映画的にモヤっとするところではあるんですが、まぁそんなの差し置いても俺は面白かったですよ。
映画の冒頭の回想でジュディは『オズの魔法使』のセットの中で重責に負けそうになるというシーンがあるのだがそこで彼女に映画スターとしての覚悟を決めさせるのはかのルイス・バート・メイヤー。その姿はまるでオズの大魔法使いのようであり、またドロシーをカンザスの田舎から魔法の国へと連れ去ったトルネードのようでもある。明らかに『オズの魔法使』と重ね合わせて描かれているのだが、それはジュディ・ガーランドという少女がハリウッドという魔法の国へと迷い込んでしまったということを示唆するものであろう。確かにハリウッドは当時も現在でも魔法の国で夢の国で華やかな場所だ。ハリウッドでスターになって素敵な生活を送りたいと思うものは男女の別なく後を絶たないだろう。だがそこは夢と魔法の国であると同時に虚構と残酷の国でもある。まるでエメラルドの都にいたオズの大魔法使いが実はただのおっさんだったように、ハリウッドだって一皮むけば下らない虚栄心や功名心に塗れた下卑た場所なのである。そして本作の主人公であるジュディ・ガーランドはそのハリウッドの中で見た夢の中に囚われたままでまだ抜け出せずにいる、という夢の中で夢を見続けているという入れ子構造に閉じ込められたような描かれ方をしているのだ。彼女は現実には夢を見るどころか生涯不眠に悩まされたというのに。それが示される冒頭のシーンだけでもう本作には惚れてしまう。
彼女自身がハリウッドが象徴するものを毛嫌いしていたことは有名だが、皮肉なことに彼女はそのハリウッドが持つ夢の力にいつまでも引き付けられ続けたのだと思うし、またそういう生き方以外の人生は選べなかったのだとも思う。だって凄いんですよ、これは映画だから当然誇張して演出してるんだけど、ついさっきまで酒と睡眠薬がキマってウトウト眠っていたはずのジュディがステージに立つと途端に輝きを放ってもうスターになっちゃうの。本人が望む望まざるにかかわらずそういう人生を背負わされた人のように見えてしまう。最初に書いたように本作は基本的にドライな視点で描かれるのでそのスター性さえも彼女にとっては良いことばかりではなく表現者としての資質を備えているからこそ、その舞台から降りることが許されないのだという悲劇性も帯びたニュアンスで提示される。間違いなくステージの上では輝いているのにその輝きと私生活での影のコントラストがもうえげつないんですよ。それこそが夢から覚めることのできなかった悲劇だし、また夢の中で輝く才能だけは確かにあったという残酷さなのだと思う。
本作はそういうところを本当に容赦なく冷徹に切り取っていく映画なんだけど、凄いのはそんな芸能界の裏側って感じの題材なのに全然悪趣味な感じにはならずに、むしろエレガントささえ感じながら転落していく女優の姿を見せてくれるところが素晴らしかったですね。ゴシップ的で露悪的な部分はなくてそこのバランス感覚が凄い。いやバランス感覚っていうかきっとひとえにジュディ・ガーランドに対する敬意が根底にあるからその部分はぶれなかったんだろうなと思うし、だからこそこんなに好感が持てる映画になっているのだと思います。
あとゲイのカップルもいい脇役だったなぁ。きっとドロシーのお供を意識したキャラ配置なのだろうがバッチリはまってたと思うし、彼らの前では珍しくジュディが自然な笑顔を見せるんですよね。あとマネージャーとバンマスとの食事シーンも良かった。多分意識的に本作ではジュディは食事する姿を見せないようにしていると思うんだけど、あのシーンで彼女がケーキを食べて「おいしい」っていうところは何か泣けましたよ。
俺が『オズの魔法使』を大好きな最大の理由は最後にドロシーが夢と魔法の国から現実へと帰ってくるからなんですけど、それを踏まえると本作のラストシーンは本当に素晴らしくて、ジュディは夢の中で夢を見続けるような人生に囚われてしまったけれど最後にそのステージこそが自分にとっての現実であると受け入れることができたってことだと思うんですよね。そしてそれは稀代のスターであるジュディが一人で辿り着いた虹の彼方なのではなく、表現者と受け手側の化学反応で起こったある種の魔法だったということで、本当にいいラストシーンだなぁ、と思います。
ヨーク

ヨーク