うさふわ

幸福なラザロのうさふわのレビュー・感想・評価

幸福なラザロ(2018年製作の映画)
3.8
現代版リアリズム新約聖書物語。
神に愛された聖人ラザロ。

悠久の運河は分岐し、用水路は枯渇した。
時を流れる河の果て、二匹の狼の遠吠えが
月を屈折し空虚な世界に反響する。

20世紀後半のイタリア中部、中世のヨーロッパを思わせる時の流れの止まった集落。侯爵夫人の私欲により不法に小作民制度の中に囚われていた村人達が、ある出来事をきっかけに資本主義社会へ放流された。

純朴で真っ直ぐな瞳のラザロ
人を疑う事を知らないラザロ
無私無欲に与え続けるラザロ
犯罪行為に利用されるラザロ
畏れられ、排除されるラザロ

ラザロは弱者?不幸?負け犬?
どれも他人の主観だ。

彼には自我がなく、欲もなければ人を傷付ける恐怖も、人を裁く事もない奇跡の存在。
まっさらの白いキャンバスのように、どこまでもフラットだ。
彼は搾取されているなんて思っていない。
働く事、与える事は彼にとって息をするように、何の疑いもない当然の行為だった。

聖書を利用して人を洗脳し、搾取を続ける侯爵夫人。彼女は悪人?村人から搾取する彼女も、ラザロから搾取する村人も、みんな生態系の一部に過ぎない。
「人間は獣と同じ」
「自由にすれば苛酷な現実を知ることになるだけ、結局は苦しむのよ」
生きる為に搾取する、空腹の年老いた狼だ。

侯爵夫人の息子タンクレディ。現体制に革命を望み、赤いジャケットを羽織り闘志に燃えるも、自分は血を流す事なく安全な場所から人を使う。
革命に成功した彼は30年の時を経て衰退し、虚勢を張っては眼前の現実に尻込みし、騎士は女の前で威張り散らす男に成り下がっていた。

聖人ラザロは初めて人から友情の証を受け取りタンクレディと契りを交わすも、ラザロは対価を求める事なく惜しみなく友に献身した。
「兄弟ならこんなことしないぞ」と言われ、空虚を見ては情の雨に打ちひしがれる。

文明に染まり切れない善良な市民は、競争社会に敗れ生きる為に詐欺へ手を染める犯罪者になった。

月の満ち欠けのように、真実は常に姿を変える。
善も悪も、幸も不幸も、主観という光が事実を照らす、一部の側面でしかないのかもしれない。

劇場公開を見逃し、ずっとレンタルを待ち詫びていた本作。
劇中、天使のようにピュアな顔に相反するラザロの胸毛がどうしても気になってしまい、話に集中できず2周目突入。
作品自体は素晴らしい出来栄えなんだろうけど、完全無欠のラザロの存在に、どこか居心地の悪さを感じてしまうのが正直なところ。
侯爵夫人宅で使われていた透き通った緑の硝子の食器が好き。

列からはみ出す者、人と違う格好する者に畏れを抱き、弱者だと判断したら石を投げつけ排除しようとする今日の社会。

個々の猜疑心が強まる資本主義社会を食い物にする人狼的作品。文明の進歩の流れに逆らう狼のアンチテーゼを観た。
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