COLD WAR あの歌、2つの心の作品情報・感想・評価 - 3ページ目

上映館(13館)

「COLD WAR あの歌、2つの心」に投稿された感想・評価

kazata

kazataの感想・評価

5.0
本年度アカデミー賞に複数ノミネート(監督・撮影・外国語映画賞)なこともあって公開を待望していた一作……これが期待以上の大傑作でした!
(撮影技術的にも物語的にも“エモかった”『ROMA』に対して、本作はどこまでも"堅実的"で“禁欲的”な印象を受けたわけで……映画としての完成度はどちらも高く、それでいて表現スタイルというか方向性が真逆に思える辺りに、改めて映画表現の幅広い豊かさを感じられました)

冷戦下で引き裂かれた男女の切ない恋物語……って単純な話っちゃお話なんだけども、そこにポーランドという国が歩んできた(他国によって何度も支配されてきたという悲惨な)“歴史”が重ね合わされ、それ故に二人の男女が選ばざるを得なかった“決断”の悲しさに、大感動せずにはいられませんでした。
(高校時代の世界史の先生がポーランド好きで、事あるごとに“悲しいポーランド史”ネタをいろいろと教えてもらったこともあってポーランドへの親近感があったからこそ、より感動できたのかもしれません…)

個人的に“郷土愛”とか“愛国心”って普段はあまり意識しないもんだけど、、、それを奪われた時にこそ強く意識できることなのかもしれない、なんて思いました。
(日本も韓国併合時の教育文化政策なんかでいろいろと押しつけてしまった歴史があるわけで……本作を見ると“やられた側”の恨みつらみは根深いよね、と改めて思います)

鑑賞しながらいろいろと深く考えさせられたこともありましたが……何はともあれ音楽がいい!
“オヨヨ〜♪”と一緒に口ずさみたい衝動にずっと駆られていました。
(第二次大戦後のポーランドの貧しい田舎を回って民謡的なフォークソング採集をする冒頭シーンからもう釘づけ状態だったのは、大学時代に民俗学の実習でフィールドワークをした体験を思い出したせいもあります…)

ロシア民謡って聴くと心踊る魅力ありますよね……
(緒方明監督の『独立少年合唱団』が久しぶりに見たいんだけども廃盤で入手困難!……あの頃DVD買っておけば良かったと激しく後悔!!)


余談ですが、現在進行形で社会主義思想的なプロパガンダ音楽や文化に触れてみたい!なんて思ったら……意外と近くに北朝鮮がありましたね(笑)
冷戦下の命懸けのラブ・ストーリー🥺

歌と音楽で当時の状況を的確に伝える手法はさすが👍

素晴らしいモノクロ作品です😇
くり

くりの感想・評価

3.7
吹き抜け構図は健在ながらも、ちょっとおさえぎみ?
ポイントに絞ってて個人的にはだいぶ効果的になった印象。

イーダから変わらず話は薄味。
なんというか1から10まで堅実。
そういう意味ではかなり安心して見ていられる。
唐突な最後も全然嫌いじゃない。
ただ、人と音楽しか映してないわりにそこまでの積み上げが弱いような気もしなくはない。
りっく

りっくの感想・評価

4.2
約10年にわたる男の女の切ないラブストーリーを主軸に、音楽という芸術活動が政治利用されていく様や、労働者と中産階級の身分の相違などによって、すれ違い引き裂かれていく姿をストイックかつエレガントに切り取った傑作。

特に興味深いのは、アウシュビッツに代表される悲劇的な第二次大戦が集結したポーランドの戦後史において、ソビエトの傀儡国として自らを押し殺してご機嫌取りに徹し、そんな状況からパリという民主化した国家に亡命しても、ふたりの関係はむしろ亀裂が入り冷え込んでいくという展開だ。自由や夢のありかを探し、それでも祖国に戻るふたりの歩みは、胸に迫るものがある。

ただし、本作は決して感傷的になったり、説明的になったりすることはない。それらを例えばげきちゅうで奏で歌われる音楽そのものや、世界を正方形に切り取るキャメラの枠や、場面を暗転させる際の沈黙によって饒舌に滲ませる。

そんな道行きの果てに、閉塞し荒廃した世界の外にふたりが消えていく。そして風がふっと吹き抜け草を撫でる。なんと芳醇でエレガントなラストであろう。そのささやかな希望の予感に身を浸らせる。
冷戦時代のヨーロッパを舞台にしながら白黒画面のためかどこか異世界感を感じる不思議な味わい
セリフでの説明の代わりに歌が効果的にすべてを語っている
88分の短い尺の中で怒涛のような"愛"の奔流が描かれている
監督の両親の話と聞くとなおさらすごい
Amy

Amyの感想・評価

3.4
セリフはすごく少ないけど少なく感じないし音楽がセリフになってる、独特な空気感。ズーラ役の女優さんがレアセドゥに似てる。
collina

collinaの感想・評価

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やっと観ることができました。12月から楽しみにしていた1本。

きっと自分は、カウリスマキをはじめとして、
音楽で語る映画が好きなのだけれど、その1本。
今まで、地域の民謡というものを敬遠していた私だったのに、
シャンソンももちろん好き、
けれど、この作品では、ズーラが歌う、ポーランド語の歌が響く。

静謐な映像と、燃え上がるふたりの男女。
西側と東側。
男と女。
2人でいるためには、どんな手段も厭わない。

場面が切り替わるとき、正方形の画面が好き。
余計なものを外して、観客に委ねて、88分という長さにまとめた監督はさすが。
モノクロームに浮かぶヨアンナ・クーリグとトマシュ・コットに魅了される。

向こう側は、ふたりの世界。

このレビューはネタバレを含みます

二人の関係、対等であるということ

 ふぅっ・・・。観終わった後に小さなため息が出た。ラブストーリーでは出色の出来だと思う。

 他のことは何も見えない、見ない。のめり込んでいく愛。家族や他人との関係性も何もかもすべて捨てて飛び込む。私にはこんな恋愛はできない。ズーラの手引きで出所した後、初めて会ったクラブで、ぐずる息子とあやす夫を素通りして、ヴィクトルに抱きつくなんてありえない。でもこの二人は違う。世界に二人だけがいればいい。できる、できない、なんて考えている時点で、きっと私はスタートラインにも立てていない。

 所詮映画、そこまで感情移入するなんてバカみたい、と思われるだろうけど、何か心の奥底がぐわっと揺さぶられて、沈殿していた澱のようなものの中から気泡が泡立って浮き上がってくる感じ。あぁ、こんな愛し方もあるんだ。観終わった後にこんなに圧を加えてくるラブストーリーは久しぶり。

 この映画で描かれている愛の姿が唯一無二の、究極の愛の姿だとは思わない。そもそもこれはいわゆる愛ではないとも思う。でも二人の関係が気になる。

 原っぱでの二人。「世界の果てまで一緒よ」とズーラは言ったのに、ベルリンの待ち合わせ場所に彼女は来なかった。どうして?やはり怖じ気づいたのか?でも、パリで再会した時のズーラの言葉でわかった。「私は未熟で、無理だと思った。あの時の私はあなたに劣っていた。すべてにおいてあなたにふさわしい女でいたかった。」(こんな感じのセリフだったと思う)

 ただ一緒にいたいという熱情だけではない。対等の関係でいたいという強い思い。大好きだからと相手にしなだれかかるのではない。お互い他の相手など考えられないが、しかし互いに依存しない関係。相手に対する打算も駆け引きもない。

 対等の関係ということでは、このシーンも印象に残った。ヴィクトルがパリでズーラと再会した後、自分の部屋に戻ってきてベッドにもぐりこむシーン。当時パリで付き合っていた恋人(女流詩人)が先にベッドに入っていたのだが、「女を買ってきたの?」と聞かれて、「いや、大切な女に会ってきた」と答えたヴィクトルに対して、「良かったわね」と返した。おそらくズーラと同じ思いをこの女性は持っている。自分も相手を選ぶし、相手も自分を選ぶ。選ばれなかった時に、相手の不義をなじらない。それは相手にとって都合が良すぎると思うかも知れないが、もしただ不義をする男ならば、そんな男を選ぶ自分に問題があるし、そんな男は見限ったほうが良い。相手の心が離れていると分かった時に、しがみついてもおそらく逆効果だと知っている。勝ちとか負けではない。辛いけど、解決するには自分が対等の存在になるしかない。

 そういう関係は、安息とはほど遠いものなのかも知れない。ピリピリとして、いつもどこか落ち着けない。くっつき、別れ、またくっつき、別れる。繰り返した末に、ズーラとヴィクトルはお互い以外に必要な存在はこの世にはない、とあらためて悟った。でも一緒に普通に暮らしていくなんて考えられない。教会での二人だけの結婚式の後、ズーラはヴィクトルに言う。「あなたのものよ、永遠に」その後、原っぱでの約束を果たすには、二人には死ぬことが必然だったのだろう。そこに悲しみはなかったと思う。


愛と恋について

 冒頭に、これはいわゆる愛ではないかも、と言った。愛には道徳的な要素があると思う。でもこの映画に描かれている二人の関係は、もっとプリミティブなものだ。

 ズーラがパリでレコードを出した後、心が不安定になったズーラが、「L'eclipse」のトイレで、自分の気持ちを見つめ直すシーンがあったが、そこで彼女が呟いた言葉が、たしかこんな感じだったと思う。「ズーラ、大丈夫。彼が好き。」

 原語は分からなかったが、この言葉の選択はいいなぁ、と思って画面を見つめていた。「彼を愛している」じゃぁダメ。「好き」という言葉に込められたストレートな感情が、ズーラの心情に合っている。

 以前他のレビューか何かに、恋は子供でもできるが、愛は大人しかできない、と書いたことがある。それは、恋は熱量が高くて不安定であるのに対して、愛は穏やかで普遍的で、安定しているという意味でそう言った。その意味で、このズーラとヴィクトルの関係は愛ではなく、恋だと思う。残念ながら恋は普通は長く続かないものであるが、この二人は最後まで恋を全うしたのだと思う。


パヴリコフスキ監督について

 ストーリーを際立たせるパヴリコフスキ監督の手腕に感心した。このレビューもそうだが、私にはわかってもらおうという下心が文章をくどくしてしまっているが、でもこの監督は潔さがある。

 不要だと思うシーンは、バッサバッサと切り捨てている。88分という上映時間を考えれば、もう少しいろいろなシーンを差し込むことも出来ただろう。たとえば、裁判のシーン。懲役15年の判決が下された後、傍聴席で秘かに決意するズーラとか。息子と夫を振り切った後、二人が愛を語り合うシーンもなければ、死を決意するシーンもない。ポーランドを脱出するために結婚したシチリアの男も出てくるはずもなく、人見知りの息子を捨て去ることを葛藤するシーンもない。無論、捨て去ることに何の感慨もないのだろうが・・・。

 二人の愛を実現するために必要なもの以外は一切捨て去られている。時間も数年おきに経過していて、途中の出来事は観客が想像する仕組みになっている。セリフも少ないし、短い。これは翻訳した方もうまいのだろうが、「ズーラ、大丈夫、彼が好き」みたいに、小泉元首相のような話し方だから、印象に残りやすい。全てのことを、二人の愛が成就されることのみにフォーカスしているから、ストレートに感情も意図もが伝わってくる。余計なものは一切捨ててしまった監督は、画面から色までも捨ててしまった。久しぶりに観たモノクロの映画は、魅力的なストーリーと相俟って色鮮やで、観ている途中で色がないことを感じなかった。この監督の他の作品を観たことはなかったが、今度観てみようと思う。


音楽について

 音楽は、民謡から、ジャズ、シャンソン、ポップス、クラシック。これだけジャンルがまたがると散漫になりそうだが、どれもシーンにしっくり馴染んでいて感心した。

 クラシックは2曲。いずれもピアノ曲だった。まだ二人が付き合う前、夜の寄宿舎でヴィクトルが弾いたのがショパンの幻想即興曲。ショパンは、ポーランドを出て戻ることなくパリで死んでしまうが、この曲を選んだのは、その後のヴィクトルを暗示させるためか。ズーラとヴィクトルがセーヌ川を流していくシーンで、いまは焼失してしまったノートルダム大聖堂の前にチラリと見えた彫像はショパンだったのか。

 エンドロールで流れたのは、バッハのゴルトベルク変奏曲だった。バッハはこの曲を不眠症の貴族のために作曲したというが、監督は、ズーラとヴィクトルよ、安らかに眠れ、とこの曲を選択したのだろうか。演奏しているのはグレン・グールド。彼はこの曲を2回録音している。最初はデビュー盤で、二度目は彼が死ぬ前年。聴き間違いでなければ、テクニックを誇示するようなオラオラ的なデビュー盤の方じゃなくて、酸いも甘いも噛み分けてすべてを包み込むような演奏の二度目の録音だったような気がする。ちょっとジンと来た。


気になったこと

 繰り返し出てきた「L'eclipse」という名前のバー。月蝕という意味らしいが、この監督のことだから、何か思いを込めたんだろうと思いながら、分からなかった。月蝕は、太陽と地球と月がそろった時に起きる現象だけれども、ズーラとヴィクトルが一緒になると、それは終わりの始まり、ということを暗示しているのかなぁ。それとも、店の名前に特に何の意味もなかったのか。気になる。
muu

muuの感想・評価

4.0
彼を想いながらあの歌を歌い、客席に彼を見つけて動揺し、そして消えてしまったことに深い悲しみを抱きながらまた歌ったあの歌を、なんかようわからんパリジェンヌの詩人にようわからん歌詞に訳されて彼も「有名な詩人なんだよ」とか言ったらそりゃパリなんて嫌いになるわ
あず

あずの感想・評価

3.7
2019年新作40作品目

なんか思ってたのとは違ったけど良作だった。究極的に説明が少ない。画も音も1つ1つのシーンの芸術性がかなり高い。

教会美しい