10円様

ブラック・クランズマンの10円様のレビュー・感想・評価

ブラック・クランズマン(2018年製作の映画)
3.8
現在アカデミー賞作品部門に必ずある黒人映画枠。2018年の該当作は本作と「ブラックパンサー」だ。(グリーンブックは除いておこう)近代に入ってからのKKKを扱った作品には名作が多く、それはアメリカが南北戦争から生まれた凶悪な結社を自国の最大の恥として認識しており、映画でもってその贖罪をしようとしているからなのだと思う。しかし実際の所、それらの物語は白人がヒーローのさながらに颯爽と登場し慈愛の心で黒人を助けて行くというものがセオリーであり、史実と異なる部分も多くあるという。(ミシシッピーバーニングが良い例である。まあ、面白いんだけど)

しかし本作は黒人監督が描いたKKK映画。しかもそれがスパイクリーであり、初の監督賞にノミネートまでされた。KKKを描ける黒人は彼しかいない!なんて思いで鑑賞する。ただ何故にして役者陣はアダムドライバーだけがノミネートされたのか疑問だったのだが(また批判の種にならないか心配だったが)このフリップジマーマンというキャラクターは映画に推進力を与えるための改変なのだそうだ。協会はこういうオリジナル性を評価する性格が昔からある。

「ジャンゴ繋がれざる者」の中でタランティーノは時代考証を無視して無理矢理KKKを登場させ、大バカ者の様に彼らを皮肉っていたが、スパイクリーも時代考証を無視し、別のアプローチでKKKと戦っている。史実ではロンストールワールドが潜入捜査を行なったのは1978年であるが、映画の舞台は1972年である。理由は72年はブラックパワーのムーブメントが最盛期の頃で、ホワイトパワーに対しての大きなうねりを描きたかったのかもしれない。ただスパイクはこれをあくまでもアイロニーとして一貫し、公民権運動をポップカルチャーの一つとして描いている。昨今の監督作を観ると原点回帰をしたのかな?という印象を受けるが、それを考えると「ドゥザライトシング」ほどの勢いが無くなっているのが残念だ。ただこの切り口は黒人映画監督の大御所であるスパイクリーだからこそ許されるのかもしれない。

どんなに娯楽的要素を前面に出しても最後はきちんと締めてくれた。それがドナルドトランプの登場とデモ集会に車が突っ込む実際の映像である。映画とはほとんど関係無いシーンだが、スパイクリーが映画の中で唯一怒りを込めて挿入したと実感できる箇所だ。

あとから調べて分かったが実はこの映画、最初はジョーダンピール監督が映画化権を所持していたらしい。それを「笑える映画にしてくれ」とスパイクリーに委ねたそうだ。旬な監督のジョーダンピール版も観てみたいが、結果として良質な社会派コメディに着地できたと思う。