ワンコ

ブラック・クランズマンのワンコのレビュー・感想・評価

ブラック・クランズマン(2018年製作の映画)
4.3
【現代社会に向けて】

この大胆な発想の潜入捜査や、映画の人を食ったような演出を見てると、希望は捨ててはいけないというメッセージのような気がする。

以前、イギリスが国民投票で、欧州連合からの離脱を決めた時、分子生物学者の福岡伸一さんが、興味深いエッセイを残していた。
ヒトは、長い進化の末に唯一、遺伝子の呪縛から脱することに成功した生物だというものである。
以下は、その抜粋だ。

 「遺伝子の呪縛とは何か。それは、争え、奪え、縄張りを作れ、そして自分だけが増えよ、という利己的な命令である。これに対して、争うのではなく協力し、奪うのではなく分け与え、縄張りをなくして交流し、自分だけの利益を超えて共生すること、つまり遺伝子の束縛からの自由にこそ、新しい価値を見いだした初めての生命体がヒトなのである。言葉をかえていえば、種に奉仕するよりも、個と個を尊重する生命観」

福岡さんは、国境をなくして、人々の往来と交流を促進し、共存を目指したのがEUの理念であったはずで、それは遺伝子の束縛から一歩を踏み出した生命観にかなっていたと。

しかし、現状は残念だが、それほど心配していないとも言う。「押せば押し返し、沈めようとすれば浮かび上がる。そうして本来のバランスを求めるのが生命の動的平衡だから」と。

そして、「ヒトが、遺伝子を発見し、そこから脱することの価値に気づいたのも、そもそも遺伝子のなせるわざだとするのなら、遺伝子はもともとこう言っているのかもしれない。生命よ自由であれと」。

僕は、今僕たちは、揺れる振り子のような状態なのではないかと思う。
僕たちは完璧からは程遠い。

共生や個の尊重が進んでも取り残される人や疎外感はある。

そして、今は、それを修正しなくてはいけない時期なのではないかと思うのだ。

南北戦争後、更に時代が過ぎ、ルーサーキングの登場で人種差別は減ったが、この映画は、その少し後のことだろう。

これを経て、良くなったと思っても、現状のように、ナショナリズムや、レイシズム、白人至上主義、特定の宗教の原理主義があちこちに見られ、日本でもヘイトは消えていないし、右翼団体もある。

しかし、その背後にあるのが何なのか議論すると、自由主義に名を借りた、情報の独占化や、富の過度に不公平な分配などが良く言われるところだ。
では、どうしたら良いのか。

今、先進国を中心に世界では、情報の独占化や、不公正な利用、税を最小限にするための利益移転の問題を話し合うことなどが始まっている。

また、女性差別に対する国際社会の眼は厳しくなっているし、トランプの暴走を止めようとする声も大きさを増している(確かに、反対の声も大きいが)ように思う。

ついでに、世界のあちこちに残る貧困や、豊かな国の貧しい国に対する搾取など構造的暴力をどう解決するのかも話し合って欲しいが、確かに動きはあるのだ。

人間は動物とは違う。

感情に任せて、暴力に訴えずとも可能なことはたくさんある。
エンディングのKKKが十字架を焼く場面や、最近の暴力を伝える映像を見ると怒りも湧いてくる。

でも、暴力に暴力で対抗してもエスカレートするだけではないか。
何か方法はあるはずだ。

だから、僕は、遺伝子の呪縛から逃れた人間を信じたいし、自分自身も感情に揺さぶられそうになったら、逆に熟慮して行動することを心がけたいと思う。

生物進化論の学者ジャレド ダイアモンドが、「微生物や、絶滅した恐竜と同様に、ヒト(多分、進化の段階も含めた広義な意味でカタカナの「ヒト」を使っていると思います)が今ここにいることに意味はない。でも、ヒトはそれぞれ、どうして生きているのか意味を見出すことはできる」と言っていた。

そうなのだ。人間は、他者を滅亡させたりすることで自己が存続することより、個を尊重したり、共生することで栄えることを既に学んでいるのだ。
そうなのだ。

追伸。でも、アメリカの高校生の銃規制を求める勇気あるデモや素晴らしい演説を、見たり聞いたりしてたら、大人はちょっとだらしないなと思ったりもするが…。
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