さっこ

ドッグマンのさっこのネタバレレビュー・内容・結末

ドッグマン(2018年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

これも名古屋まで行って見たYO😀
③でちょっとネタバレ。



大人になっても子供時代の上下関係が続いてしまってる話が好きだ。
(馳星周の「雪月夜」が好きだった。北海道が舞台の幼馴染2人を主人公にしたノワール小説である。)

娘の前で殴ったりしないでくれ!とハラハラ💦
一方でそこまでひどくない、という考えもある。
これが暴力を介さず、精神的に支配されてる友人関係だったらもっときついのでは?と思うのだ。
友人同士でもマウンティングしたりってのはあるわけで親友だけど頭が上がらない、という関係もあるだろう。
それってすごくイヤじゃない?



また憎い奴なんだけど友情もある、というアンビバレントな描写も希薄な気がした。
そんなことないかな。
うーん、でもやはり売人が後ろから来ることを教えたり、撃たれたシモーネをほっとかずに助けてしまうところを見るに、自分は友情というより、飼い犬のように感じてしまった。
それが狙いなのかな。
一緒にクラブ行ってクスリやって買春?するシーン。シモーネはご機嫌だから構いたくなるんだろうな。すげーウザい絡み方。



さて、問題のラストシーン。
マルチェロが町のみんなに自分の行為を伝えようとする展開に「?」となった。
だってこれは徹頭徹尾シモーネとマルチェロの関係性の描いたお話でしょ。
だから町の人なんて関係ないではないか!
と思ったのだ。

これはどういうことかとブログなど見回してたら、イタリア人はすごく共同体の意識が強い民族だという記述があった。
(そういえば昔、テレビでイタリアかは忘れたけど、若い女性が1人で外食してたら、周りのカップルや家族客たちが驚いて奇異の目を向ける…という模様を流していた)
海外ではお一人様で行動するのはおかしい所もあるらしく、イタリアもそんな感じなのかもしれない。

話が少し逸れたが、知らせに行ったのに町の人々はいなかった。ただの幻だった。
あれだけ憎しみを持っていた相手をついにやっつけたが、飼い犬だった男に栄光は訪れなかった。
やはり彼にとってシモーネはかけがえのない存在だったのかもしれない。
そんなことを描いているのかもしれない。