ドッグマンのネタバレレビュー・内容・結末

上映館(6館)

「ドッグマン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

チワワが優勝。

映画の中で行われる殺人に対し確実に麻痺している、という自覚があっても尚。

行き当たりばったりに思えるくらいの計画の練り込みの甘さに、後先を考えず目の前の状況だけを見て調子に乗る学習能力のなさに、苛々してしまったんですよ主人公に対して。

けれどどこから崩したものかも判らない山積した問題を前にいっぱいいっぱいになった人間の行動なんてあんなものかしらね、と。

善悪、じゃないな損得の彼岸に心が彷徨ってしまうのはそんな時なのかしらね、と。

そんな事を考えましたよ。

風の凪いだ状態を保つ、或いは時には戻そうとする時の主人公の、あの何とも言えない笑い方はいつから貼り付いていたものなのかと、陰鬱な気分になりましたよ。
暴力的な知人シモーネに服従するほかに手段がないマルチェロ。マルチェロがトリマーとして接している犬の方が感情豊か、リードなんかしなくても危害をこちらに与えない。反面、コカイン欲しさに終始狡猾でどう猛なシモーネは野放しで強盗や暴力を繰り返し、誰かに殺害されることを望まれるほどで、対照的だった。
こんな調子じゃダメだ!と思い立ったマルチェロがシモーネを殺害するまでの行動には、引いてしまった。もう、猛獣使い。大人しくさせようとしても無理で、自分の身が危険にさらされるぐらいなら仕方ない、、。
物語は寂れた街か、娘と出かける旅先の海のどちらかで展開する。海といっても透明度も高くない、見栄えとしてはイマイチなのだけれど、最愛の娘と二人だけでいられる空間として安心して見ていられる。マルチェロがやってしまったことはヤバイことだけど、もう大丈夫だね、とも自分は思ってしまったし、夜明けに上がった息を整えた顔に清々しさを感じた。
媚びへつらってまるで犬のような人間だからドッグマンというタイトルなのだろうが、人間そのものにこういった性質があると私は思う。主人公マルチェロが悪友シモーネの身代わりで逮捕された際、彼がシモーネの事を売らなかった理由についていくつかの批評では、シモーネが怖かった、シモーネにたまに良い思いさせてもらってたからと書いてあったが、私は「情」ではないかと考える。どれだけ迷惑を被り、嫌いであっても少しでも同じ時を過ごせば「情」が芽生えてしまう。だからマルチェロは、服役する、周りから除け者にされる事が分かっていてもシモーネを売らなかった。シモーネへの復讐の姿はまるで犬をあやすかのようで一つの恐怖心を覚えた。そして最後のマルチェロの虚無の表情がとても良かった。
ラストの、放心状態の主人公の顔を映し続ける場面が印象的。幻想的。

ジャイアンが特に意味もなくバイクを乗り回す場面が、こいつの知性の低さをとても上手く表現している。
マルチェロの気持ちもわかる。暴力は怖いし自分もあの立場で断れるかわからない。断ってやる!とはいま思えてもその時どうなるか…。
自分のために弱い奴を利用するシモーネに自分のために仲間を売ったマルチェロ。元凶は間違いなくシモーネ。シモーネを逮捕しても数カ月後には出所して、なおかつ憎しみで更に暴力的になるだろうと周りは怯えて通報もできない。色々と社会の穴が垣間見える。
シモーネは暴力だけでアウトローとしては小物だろうなぁ。
マルチェロ、最後シモーネを殺そうとすらしてなかったように思えた。流れで殺さざるおえない状況に至ったよう。最後までマルチェロも小物感抜け切らなかったなぁ。殺すつもりで挑んでたら気持ちよかったけど。でも実際人間なんてあんなもんなのかもしれない。
ヒューマントラストシネマ渋谷にて字幕版を鑑賞。
2019年新作劇場鑑賞77作目。
客席は1割くらい。
テーマ「躾」
今週のウォッチ作品

[全体として]
この監督作品としてはゴモラを観たことがあったが、あの映画をみたときと同じような心に暗い影が残る映画だった。
お話はイタリアのさびれた海辺の町で"DOG MAN"というトリミングサロンを営むマルチェロという小さい男が主人公。この主人公、離婚した妻との間に幼い娘がいて、頑張って生きてはいるのだが、決して善良というわけではないことが最初の方で既に分かる。その後も普通にコカインをやったりするし。
そして、街にはとんでもない乱暴者のシモーネという大男がいて、常にマルチェロはたかられている。
印象的な主人公のマルチェロは日本人でやるとしたらカラテカの矢部太郎さんが良さそう。

[良かったところ]
凄く丁寧に人物を描写しているところが凄い。マルチェロは冒頭のシーンで、凶暴なピットブルを洗おうとするが、自分よりも強い力で抵抗してくる。しかし、次第にこの大型犬を手懐けて、いうことをきかせてしまう。この物語の根幹のシーンが一番最初にある。これはそのままシモーネとの今後のやりとりを示唆するシーンになっている。
また、シモーネの衣装も上下アディダスのジャージを着ているが、上は白で下は黒となっていておそらくバラバラのタイミングで人から奪うなどして手に入れたんだろうなーとか、大道具小道具ひとつひとつがちゃんと作られている。

[気になったところ]
実話に着想を得た的な話らしいが、いくらなんでも流石にシモーネは警察に捕まるだろうとは思う。

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田舎ダークサイド映画でした。結構好きです。
え、終わったか😑と…感想が出て来ず🤯予告編はナンバーワンの映画だったな! で終わりそうになりましたが、帰り道、監督は何故この映画を作ったのだろうとよくよく振り返ってみました…
ー 暴力を掴み見せる映画🎬
ご近所さんとのサッカーが楽しみな小柄なオヤジトリマー マルチェロ。犬を愛し犬に愛され、そして宝物の娘を心から大事にするパパ🐶 しかし、彼には娘に見せたくない部分もある。恐らく昔から一緒だった暴力男シモーネに抗わず、友達と思っていたいから金を分けてくれるのならとシモーネの犯罪を手伝い、身代わりだってする。いつまでたってもどうしようもない二人の関係かと思っていたら、爆音立てるシモーネの暴力の象徴 オートバイが黙しているのを見た時、マルチェロは初めて暴力を振った。この時から、ゼロだったマルチェロの暴力が始まる、それが一番怖かった。愛娘との愛情も勝てない、あんな優しかった男が自分を超えてしまった暴力。こんなことが、ありえない事ではない今の世の中が浮かんできて怖くなった。
でも、最後のマルチェロの表情は、何もかもを失った、俺は空っぽの人間になってしまったんだと思っている、と私は思いたい。マルチェロを演じた俳優さんは、今年観た映画の中では一番見応えがあった!
映像の持つ暴力的な空気感は凄くいいです‼︎ 広場も遊具も人も忘れ去られたような錆れっぷりと、人通り少なく乾いてざらざらした映像はなんだか西部劇っぽくてくぎ付けでした🤩
後で、実話に基づく話しと知って驚いた😮
なんだか、この監督の「ゴモラ」が観たくなってきました‼︎
これも名古屋まで行って見たYO😀
③でちょっとネタバレ。



大人になっても子供時代の上下関係が続いてしまってる話が好きだ。
(馳星周の「雪月夜」が好きだった。北海道が舞台の幼馴染2人を主人公にしたノワール小説である。)

娘の前で殴ったりしないでくれ!とハラハラ💦
一方でそこまでひどくない、という考えもある。
これが暴力を介さず、精神的に支配されてる友人関係だったらもっときついのでは?と思うのだ。
友人同士でもマウンティングしたりってのはあるわけで親友だけど頭が上がらない、という関係もあるだろう。
それってすごくイヤじゃない?



また憎い奴なんだけど友情もある、というアンビバレントな描写も希薄な気がした。
そんなことないかな。
うーん、でもやはり売人が後ろから来ることを教えたり、撃たれたシモーネをほっとかずに助けてしまうところを見るに、自分は友情というより、飼い犬のように感じてしまった。
それが狙いなのかな。
一緒にクラブ行ってクスリやって買春?するシーン。シモーネはご機嫌だから構いたくなるんだろうな。すげーウザい絡み方。



さて、問題のラストシーン。
マルチェロが町のみんなに自分の行為を伝えようとする展開に「?」となった。
だってこれは徹頭徹尾シモーネとマルチェロの関係性の描いたお話でしょ。
だから町の人なんて関係ないではないか!
と思ったのだ。

これはどういうことかとブログなど見回してたら、イタリア人はすごく共同体の意識が強い民族だという記述があった。
(そういえば昔、テレビでイタリアかは忘れたけど、若い女性が1人で外食してたら、周りのカップルや家族客たちが驚いて奇異の目を向ける…という模様を流していた)
海外ではお一人様で行動するのはおかしい所もあるらしく、イタリアもそんな感じなのかもしれない。

話が少し逸れたが、知らせに行ったのに町の人々はいなかった。ただの幻だった。
あれだけ憎しみを持っていた相手をついにやっつけたが、飼い犬だった男に栄光は訪れなかった。
やはり彼にとってシモーネはかけがえのない存在だったのかもしれない。
そんなことを描いているのかもしれない。
お人好しと一括りにはできないのがミソ。人間ってこうだよなーと思う。そしてそこに自分の持っている力が伴う。それは能力であり、物理的なパワーであり。マルチェロはそれの使い方がとてつもなく不器用。最後奴を殺してからの我を失っている時間の描き方が見事。何も起こってくれない残酷さ。めちゃ良かった。
もう主人公どうやったらそんなしなびたイタリア人できんだよ。マンガかよって思ったわ。
友達想いのマルチェロと極悪ろくでなしシモーネの関係が 段々と悪化していくところとバイオレンスさが良く描かれていましたね!