荒野の狼

オリバー・ストーン オン プーチンの荒野の狼のレビュー・感想・評価

5.0
『オリバー・ストーン オン プーチン』(原題は: The Putin Interviews プーチンのインタビュー)は、アメリカの映画監督オリバー・ストーンが2015年―2017年にわたってロシア大統領プーチンにインタビューした内容を4時間にまとめたドキュメンタリー。現在、ウクライナに軍事侵攻し、世界から糾弾されているプーチンであるが、ロシア・ウクライナ情勢に詳しい識者には、今日の報道の偏向が指摘されているため本作を鑑賞した。本作鑑賞後にあっても、ロシアの軍事侵攻は正当化されないが、プーチンがヨーロッパでのNATOの東方拡大とABM(Anti-Ballistic Missile、弾道弾迎撃ミサイル)の配備について強い懸念を抱き続けていたこと、アメリカが長年にわたって政治的にウクライナに働きかけてきたことなどが本作でわかり、今回の軍事侵攻にいたったロシア側の認識が描かれているのは貴重。ウクライナの独立してからのオレンジ革命を含む政治的な流れも本作では描かれている。特に一般人の政治的支持が、過去の選挙結果から見ると、ウクライナの西部と南東部で完全にわかれており(ユシチェンコとヤヌコヴィッチの支持率によると)、前者は欧米より後者は親ロシアであることが地図上でしめされておりわかりやすい。今日の報道を見ているとウクライナの全国民が政治的に一枚岩であるかのような印象を受けていたが、本作で示される過去の選挙の結果をみても両陣営に圧倒的な差はなく政権交代も起きている。
本作では、ストーンの多岐にわたる時に厳しい質問にも、プーチンは冷静で知的、感情の変化を見せることは少なく、あらゆる質問に長時間にわたり即答しているのは驚き。果たして日本を含むどれだけの政治家が、プーチンのように当意即妙にインタビューに応じられるかというとはなはだ疑問。本作でのプーチンへの接し方は、概ね好意的で、本作と対照して見ておきたいのが「Putin’s way」で、こちらは2015年のアメリカのPBS/Frontline/WGBH)により制作されたドキュメンタリーで、日本では、「プーチンの道~その権力の秘密に迫る~」の題名でNHKの「BS世界のドキュメンタリー」の枠で放映された作品。この作品ではプーチンを犯罪者と断定していて、描かれていることが真実であれば、プーチンは非常に恐ろしい人物という印象を受ける作品。ただ、制作姿勢としては、確かな証拠に基づく歴史的に裏付けられた事実がPutin‘s way では少ないのに対し、本作で語られるプーチンの発言のほとんどは歴史的事実として確かめることは容易。もっとも、インタビューの中でプーチンは、一部の質問に対しては、機密であるとして、回答を拒否している部分はあるが、概ね、隠すものは何もないという姿勢でほとんどの質問に応えており、プーチン本人の証言として貴重。
西側の視点では語られることが少ない以下のプーチンの指摘は興味深い。「キューバ危機の発端はアメリカがトルコにミサイルを配備したこと」「2008年の南オセチア戦争の際に、ジョージアのサアカシュヴィリ大統領がロシア側から攻撃を仕掛けてきた主張したことをアメリカのメディアが報道したこと(プーチンは、この件では、本作にあっては珍しく、憤りをみせている)」「ロシアは主権国家であるが、実際に自分の意志で自らの主権を持っている国家は数えるほどしかなく、それ以外は同盟国の義務を負わされている」。
他には、プーチンは、スターリンの強制収容所などの誤りを認めつつも、ナチスとの闘いでの勝利したことで評価されるべきとしている。また、他国でも、誤りを犯した人物を讃えている例はあり、たとえば独裁をおこなったクロムウェルの銅像はイギリスに現在もあることを指摘。
本作では、とくに前半の2回は、プーチン自身ではなく、アメリカという国の恐ろしさが描かれており、その点で貴重。たとえば、ストーンは、アメリカは1990年代にはオリガルヒを支持していたのが、プーチンが登場してからは批判的になったと指摘。また、ストーンは映画「スノーデン」の中でもアメリカのネット上の監視活動(日本を含む同盟国に対してすら)の国際的な拡がりを描いていたが、本作でも、この話題は扱われており、映画「スノーデン」の一シーンも登場。プーチンは、スノーデンの行動は誤りであったが、スノーデンの件では、アメリカ国家安全保障局 (NSA) は行き過ぎたとコメントしている。
なお、オリバーストーンの2016年の映画「ウクライナ・オン・ファイヤー」は、本作と一部重複する部分もあるが、ウクライナの近現代史を第二次世界大戦前から描いている。ウクライナの国粋主義者が、戦前はナチと関わったものの、戦後はCIAの庇護により戦争犯罪から逃れたことなど、さらに彼らネオナチが現代の事件にも関与していることなどの情報があり貴重。よって、本作と合わせて見たい作品である。
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