亘

読まれなかった小説の亘のレビュー・感想・評価

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
3.8
【Like father, like son】
作家志望のシナンは大学を卒業し、故郷に帰る。彼は教員試験を控えているが、小説の出版を控えていて勉強に身が入らない状態だった。一方実家ではギャンブル好きで癖のある父親に母も妹も辟易していた。彼もまた父親に振り回されることになる。

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督による『雪の轍』に続く3時間超の長尺会話劇。前作は善悪や相互理解、哲学などより抽象的なテーマだったけど、本作は親子の絆がテーマでよりストレートに感じる。とはいえ宗教の在り方のようなテーマは本作の中でも少し言及されるし監督が一貫して考えているところなのかもしれない。また前作の主人公に続いて本作の父親のような”人をイラつかせるおじさん”の描き方は上手いと思う。

作家志望のシナンは大学を卒業しトルコ西部の故郷に帰る。彼はそこで教員試験を受ける予定で、並行して自身初の小説出版のための資金調達を目論んでいた。町長からは評価されるも予算から出せないと言われ、さらには町長から紹介された人物からは作品内容に口出しをされるし上手くいかない。一方で家ではギャンブル好きで癖の強い父親イドリスが幅を利かせていて井戸掘りに動員されたり周囲からイドリスの悪評を耳にしたりする。この帰省は順調に進まないのだ。

本作で注目すべきは癖の強い主演2人。主人公のシナンとその父イドリスだろう。シナンは父イドリスを軽蔑もしているし視聴者もイドリスにイラつくのだけど、この2人の共通点が見えてくるにつれて本作の厚みが見えてくるのだ。

シナンは、あまのじゃくな田舎の優等生というタイプ。彼は幼いころから優秀だったが、人と視点が違っていたりするのでとして町ではあまり評価されなかった。それでも頭がいいからこそ町を出て大学に行ったからこそ、彼は自分を「特別」と考えて優越感を持っていた。
このシナンの性格がよく表れているのが町の作家スレイマンとの議論だろう。シナンは自分の優秀さを鼻にかけてスレイマンを批判し議論を吹っ掛ける。そしてついにはシナンの傲慢さからスレイマンは怒ってしまう。まさに自分の"全能感"から犯した過ちだろう。一方で終盤には失敗したシナンと成功したスレイマンの対比が強調される。

イドリスは、自分が正しいと思うことを突き詰める頑固おやじ。シナンの母親によればかつては優秀だったというが、今ではギャンブルで借金を作るし態度が大きいくせに自分の弱い部分は隠そうとする。この父親の性格が現れるシーンは各所にちりばめられている。水脈がないと言われた土地で強行する井戸掘りやシナンのお金が盗まれた後のくだりは見ている側もイライラしてしまう。だからこそシナンも父親を軽蔑するのだ。

この2人の理解し合えるポイントが"挫折"だった。終盤シナンは教員試験に失敗し、進路の決まらないまま兵役で僻地のトルコ東部へ向かう。さらには小説も失敗するし夢破れる。一方で父イドリスは井戸掘りに失敗し今では村の小屋で暮らす。さらにはシナンに自信の昔話を始める。彼もまた過去に夢をあきらめていたのだ。シナンの母によればイドリスもまた若いころは他人と違った視点を持った変わり者だったようで、つまりシナンの性格も父親譲りなのだろう。だからこそイドリスは息子シナンの唯一の読み手となり寄り添おうとしたのだろう。

ラストのシナンが首つりをするイメージからの井戸掘りをするシーンは、シナンが夢破れた絶望から立ち上がったことを表している。そしてそれまで無視していた父親の愛情に呼応したのだろう。

印象に残ったシーン:
イドリスが金を盗んだくだりでシナンを挑発するシーン。イドリスと父が挫折を語り合う終盤のシーン。
亘