冷蔵庫とプリンター

読まれなかった小説の冷蔵庫とプリンターのレビュー・感想・評価

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
5.0
 ヌリビルゲジェイランらしい濃密な会話と絶好のロケーションで見せる親子の物語。映画における会話でこれほど面白いものはない。
 親子の諍いから文学とは何か、コーラン解釈と実践についての議論まで、知的で非常に充実した内容で飽きずに見ていられた。
 シナン青年(髭が濃くて我々日本人には青年に見えない)の溢れんばかりの若気とナルシシズムが目も当てられないほどの惨事を引き起こしていてかなりキツいのだが、鼻で笑う感じとか人を見下した態度がありありと表れていて凄まじい。何かにつけて「理解されない」とか言ってしまうんだが、こっちまで恥ずかしくなってくる。他山の石。
 地元の作家先生に議論をふっかけようとするところなんかは「10分で人をイラつかせる方法」とでも言うべき面白さ。
 自分が恵まれていることに気づけない「若さ」は、シナンがちょっと玄関先に出て戻ってくるまでの間に、謎の社会派ギャング映画?を見て母親が感じ入るシーンに端的に表れている。
 やはり人間を成長させるのは挫折体験以外にないのかもしれない。自費出版で出した本が一冊も売れず、母や妹にも「忙しい」とかなんとか言われて読んでもらえず、在庫は実家の隅でカビが生えている。オブジェクトが帯びる悲壮感が半端ではない。父親だけが読んでくれていることによってなんとか和解するという展開も、父親がすでに乗り越えるべき存在ではない非オイディプス的な現代に描かれるドラマとしては申し分ない。強いて言うなら兵役と青年の挫折感がそれまでの長さに比べてほとんど描かれていないと言っていいくらい薄いのは気になった。
 二人の導師と話すところが1番のハイライト。作家先生とは違いシナンに対して寛大で、その懐の深さを見せつけており、イスラーム的知性を肌で感じた。