幽斎

読まれなかった小説の幽斎のレビュー・感想・評価

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
5.0
トルコ出身の世界的巨匠Nuri Bilge Ceylan監督最新作。カンヌ映画祭コンペティション出品。93の賞に輝く監督の作品はどれもハズレが無い名作揃い。長尺が玉に瑕だが、カンヌ映画祭監督賞「Three Monkeys~愚かなる連鎖」カンヌ映画祭グランプリ「昔々、アナトリアで」カンヌ映画祭パルムドール「雪の轍」も観て欲しい。京都のミニシアター「京都シネマ」で鑑賞。映画の後はCOCON烏丸内のブリティッシュパブ「HUB」がお薦め。バスペールエールにフィッシュ&チップス、最高です。

監督の作品はAnton ChekhovやFriedrich Nietzscheを思わせる哲学系の作家性に溢れており、本作も文学書のページを捲る様に、監督の実体験も反映されてる。芸術大学で映画を2年間学んだだけ有り、映像美も素晴らしい。過去最高に昇華された風景の美しさ。そして監督の意図を感じさせる見事なフレーム。上映時間3時間9分「退屈」の文字は浮かばない。

物語は父と息子の葛藤を描くが、内実は息子が殆どで、演劇と言うより対話劇と説明した方がしっくり来る。トルコの社会的背景が色濃く反映され、アメリカのニュースばかり見てる私には理解出来ない部分も多い。登場人物の遣り取りも、監督らしく哲学的で、紐解くには宗教や社会的倫理観も匂わせ、ラビリンスな世界へと誘う。

息子と父の「軋轢」「邂逅」が本作のテーマ。人生に失敗した父と、作家を目指す息子。しかし、実際には「何者」にも成って無い息子の鬱屈が描かれる。膨大な台詞の中で、最後に訪れるカタルシスが、流麗な風景と共に記憶に刻まれる。エンドロールを迎えた時には、重厚な小説を読み終えた気分にも成る。満足感の中にも哲学的な示唆に富んだ視点が、胸に去来する。

ロシア文学を思わせる「人間回復」と言うプロットを、溢れる言葉で綴りながらも、通じ合えない親子の慟哭。夢の数だけ絶望が有り、正解の無い分岐点に人は翻弄される。観る者誰しもが、自分を重ね合わせるだろうし、若さ故の閉塞感を自分の姿として受け止める。それは死ぬまで付き纏う「自分は何者なのか?」と言う疑問の繰り返し。小波の様に浮かび上がる迷い、彷徨える魂に貴方も心震えるだろう。Johann Sebastian Bach作曲「パッサカリア ハ短調BWV582」深く心に染み入る。

作品に感化され論理性を欠いたレビューで恐縮だが、観ないと貴方の映画人生、きっと後悔する。
幽斎

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