KeithKH

フォルトゥナの瞳のKeithKHのレビュー・感想・評価

フォルトゥナの瞳(2019年製作の映画)
3.5
ありがとう、温もりを
ありがとう、愛を
代わりに俺の生命を
置いてゆけたなら
男は誰も皆、無口な兵士
笑って死ねる人生
それさえ、あればいい

ああ、瞼を開くな
ああ、美しい女(ひと)よ
無理に向ける、この背中を
見られたくはないから
生まれて初めて辛い
こんなにも別れが

1970年代後半から80年代に掛けて日本映画界を席巻した角川映画、その絶頂にあった頃の作品に、東映と提携して制作された『野性の証明』(1978年)があります。私が思うそのテーマ「男の男たる生き様」は、上述の主題歌「戦士の休息」に見事に表わされており、実は本作に相通じています。
ただ40年の時を経て、寡黙で無骨で男臭い高倉健が、繊細で柔弱でトラウマを引き摺る神木隆之介に置き換わり、時代の劇的な変遷のせいか、派手なアクションは姿を消して静かな日常の延長として描かれましたが、その底流に蟠踞する価値観は不変です。

冒頭いきなりの飛行機事故現場の迫力に満ちた悲惨な回想シーンは、ドラスティックで波瀾万丈の物語展開を期待させましたが、その後は主人公の余りにも平凡な日常描写に推移します。現実感の全く無い超能力もただ胡散臭いだけで、また間延びした鈍いテンポでの進行で間怠っこい感が強まり倦怠感のピークとなったラスト20分、物語が一気に駆け巡り始め、それまでの辛気臭さ、まどろこしさに隠されていた伏線が次々に生かされ、真の男の生き様、生きる価値観を鮮やかに描き切ってくれました。その斬れ味は、快刀乱麻を断つ如くです。

己の命を犠牲にして、最も大切な人、最も愛する人の命を守る。その行為、その情動こそ世界中で最も美しく光輝あるもの、尊崇に値するものだと思います。
それにしても主人公の、一体何回「ごめんなさい」の台詞を言ったか分からない程に、常に人を傷つけまいとする周りへの気配りには、感心するより呆れるほどの薄弱さです。現代の若者像の特性なのでしょうが、多分それ故に無口で背中で言葉を語るような“高倉健”的逞しい主人公の設定にはしなかったのだろうと思います。

最後の難点。エンディングには軽快なJ-POPではなく、もっと情念の籠った重厚で荘厳な曲で締めてもらいたかった。「戦士の休息」の二番の歌詞は次の通りでした。

ああ、夢から覚めるな
ああ、美しい女(ひと)よ
頬に落ちた熱い涙
知られたくはないから
この世を去る時きっと
その名前、呼ぶだろう
KeithKH

KeithKH