SatoshiFujiwara

騎士の名誉のSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

騎士の名誉(2006年製作の映画)
3.6
セルバンテスの『ドン・キホーテ』に因んだ作品は多々あるが、こいつは異色中の異色というか、1つの極北たる代物だろう。普通の意味ではほとんど面白くないが(苦笑)、その面白くなさのキモを考えるのが面白いという屈折だな。つまり最終的には面白い。

ドン・キホーテが度々呼びかける「サンチョ」というセリフがなければ、これを観てドン・キホーテだと分かるような視覚的刻印や情報がロクにない。そもそもドン・キホーテにしてはこの男、歳を食いすぎている。引き伸ばされた時間を無益にやり過ごしているように見えるここでのドン・キホーテとサンチョ・パンサだが、あまりに何も起きず会話らしい会話、普通の意味で「内実のある」会話もなく、機知に富んでいるはずのサンチョが全くと言ってよいほどに喋らず、しかもずんぐりむっくりした巨体でいかにも愚鈍に見える(あのほとんど意味がないように見えるサンチョが延々と草を刈るシーンがなんだか面白い)。いかにも荒涼とした風景と粗い画面に最初はたじろぐが、それも慣れれば心地よくなる不思議。たまに吹く強い風と雨がまた観る者の心を静かにざわつかせる。

先に「何も起きない」と書いたけど、それを無益と思ってしまう発想自体が近代以降の「労働」と「対価」の概念の産物なのだろう(だから何も起きないということ自体が批評になっている)。また原作の『ドン・キホーテ』自体が騎士道への批判で、しかも当時としては決定的に新しいメタフィクション的構造も備えている。恐らくその時代にあっても相当に異色の作品だったと想像される訳で、そんな『ドン・キホーテ』を今の時代に取り上げたアルベルト・セラの真意は良く分からんけれど、現代という時代を相対化する目的があったのは間違いないのではないか。批評的営為には批評で応える。400年の時を隔てたアルベルト・セラからミゲル・デ・セルバンテスへの返歌。