まりぃくりすてぃ

魂のゆくえのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

魂のゆくえ(2017年製作の映画)
3.0
教会ファサードで隙なく魅力的にスタートし、しゃべくらず重厚に大人らしく映像詩が上手い具合に進む。四福音書中、最も霊的といわれるヨハネ書だけからの引用を有しつつ。────とても真面目な映画だとわかる。
しかも、中身がちゃんとある。

だが、、、何やらニューエイジ的な “一時代前” っぽさが臭う、男女重ね合わせ飛行。おしまいのコップの落とし方と、キス撮りトルネード。そういった要所要所が非常に幼稚。作品全体が取り澄ましてる中での、とても残念なこのギャップ。

未遂モノは、好みじゃないし。どっちかっていうとね。

それと、、
1781年以降、キリスト教文化圏の人たちは、「全能の神はなぜ祈りに答えてくれないのか。神はいないんじゃないのか?」「愛の神がいるのなら、なぜ飛行機は墜ちる? 地震・雷・火事はなぜ起きる?」という初歩的な命題(やそれに類する「祈りは神の計画を変えうるか」云々)を蒸し返しちゃいけないんだよ、よっぽど頭のいい人以外はね。ニーチェは関係ない。カント以来、これ必須!
なのに、くたびれる苦しい手探りのたんびに、男女の恋愛一つへの甘えつき等々で “一定の決着” をゲットしてみせたりする。浪漫な気持ちはわかるが、ゴールが初歩的すぎるんだよね。もしくは、寂しがり屋すぎる。

神はいないに決まってるんであって! 「神なきこの世界で、いかにして虚無に陥らずに生を生ききり、死を死にきるか」の問いが「真に自分は全世界を愛してから去れるかどうか」の問いと完全イコールであることを、ちゃんと受け止め、自己をも誰をも破壊しないことを決意してから「歩き始め、しかも歩きつづける!」しかないんだよ。神がいるかいないかは、じつは全然全然どうでもいいんだよ!! スンダルシング曰く「人は祈りによって神の計画を変えることはできないが、祈りで心は変わる。心が変われば、結局、奇跡は起こりうる」。この映画のラストシーンは、単なるスタートライン(しかもそこまでの足取りが随分俗っぽい)にすぎないよ。一般人が主人公なら、べつにそれでもいい。だけど、牧師の話じゃん。もっと頑張んなきゃダメでしょ。
現実であろうと幻想であろうと、茨にやられて男女両方が血だらけになりながら大笑いして次の章へとさっさと進むべきだった、とりあえず。こんな程度のものを傑作脚本と呼んでたまるか。