ラダ

孤狼の血 LEVEL2のラダのネタバレレビュー・内容・結末

孤狼の血 LEVEL2(2021年製作の映画)
1.7

このレビューはネタバレを含みます

そもそもだ。ヤクザ映画であんな派手なプロモーションをするべきなのか。無駄にコンプラを重んじる現代に、ヤクザ映画をエンタメ化する必要があるのか。一作目を素晴らしいと思う身だからこそ、この流れに大きな違和感を感じていた。でも、ずっと追いかけてきた白石監督だから、孤狼の血だから、作品は大丈夫なはずと信じていた。いやな予感が当たった。しっかりと裏切られた。

結局彼も「商業映画」と言う渦に飲み込まれたのか。災難だ。こうして優秀な才能は拝金主義の犠牲になっていく。今更ではあるが、こんなことを繰り返していたら、いつまで経っても韓国映画には追いつけないだろう。

今回、ピエール瀧がキャストから消えた理由も薄らと分かってしまった。商業的大ヒット風作品に犯罪者は要らないのだろう。それが人を理不尽なヤクザ映画であってもだ。

金を出す奴は、作品に口を出すべきでない。

何処の誰だか知らないが、取り乱して泣くべきシーンで涙のひとつも出ないアイドル女優はこのヤクザ映画に必要ない。彼女にはもっと活躍すべき舞台があるのだろうから、恋愛コメディか何かで邁進するべきだ。彼女のファンを銀幕越しにメロメロにしてあげれば良いだろう。こんなの本人にとっても気の毒なんだ。持つタバコを吸わない。頭の悪いヤクザに乳の一つも揉まれない。この役を演じきれる才能ある女優はたくさん居るのだから、監督はこのキャスティングで首を縦に振るべきでは無かったのだ。

金を出す奴が口を出すとこう言う悲劇が起きるのだ。

仮にもヤクザの大親分がコメディをするべきではない。くだらないギャグの裏に見える狂気こそが大親分だ。往年の大女優をヤクザ映画に呼び戻して雑な扱いをするべきではない。あんなことで姐さんを殺すのヤクザじゃない。昔なヤンチャな経歴だけで生きてるくせに、凄みの効いた声を出せない中途半端な俳優は任侠映画に必要ない。任侠映画をバカにするなと言いたい。ヤクザはエンターテイメントにするべきでないのだ。

鈴木亮平があいも変わらずアホみたいな怪演をしてしまったがために、滝藤賢一が狂った表情を見せてしまったが故に、なんとも勿体ない結果になってしまった。と言うか、主演の松坂桃李も含めて基本的に演者は素晴らしかったのが本作の救いだ。

それにしてもあの脚本でGOを出した理由を聞きたい。話にメリハリなく暴力が繰り返される。突如始まるカーチェイス。突如として現れる死神という言葉。日岡にも上林にも人間味が感じられない本作はロボット映画か何かなのだろうか。抗争相手の尾谷組を描かなくて、LEVEL2から観はじめる人に分かるのだろうか(皆お気に召しているようなので何よりだが)。

そして入場時に配られるトレーディングカードは、映画ファンをバカにしているのだろうか。

全種コンプリートを目指させるために大金払う人もいるらしい。勝手にやっているのだから別に構いはしないのだが。本来、客は何に金を払うのか。本当に素晴らしい映画は凝ったノベルティなんぞなくとも観に行くのだ。恐らく様々な理由で凡作を撮ってしまった監督にも、稚拙な本を書いてしまった脚本家にも、失笑を生む演技しか出来なかった演者にも失礼なのではないかと思うのだ。

さて、この映画を観た天国のガミさんは何と思うのか。あの時のようにペンを持って強烈なダメ出しを殴り書きするに違いない。
ラダ

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