未島夏

町田くんの世界の未島夏のレビュー・感想・評価

町田くんの世界(2019年製作の映画)
4.3
傑作だよ町田くん。

町田くんを知り、町田くんに愛され、町田くんを愛した人だけに見える世界がある。

物語が終わる最後まで、
「ただのファンタジーだ」
「こんな事は有り得ない」
「こんなに簡単じゃない」
と色眼鏡をかけず彼達を信じた者にだけ見える景色を、この映画はこんなにも鮮やかに、空高く放って見せた。

主人公である町田くんからの視点ではなく、町田くんの言動や行動に突き動かされた人物が物事を見る角度を変えていく姿を通して、町田くんの見る世界を体現する。

一見綺麗事の羅列でしかない町田くんの主張は誰にでも極端に写る。
だがそれに呼応する人物達のフィルターを通して描く事で、その極端な優しさも本来は誰しもが抱くべき感情である事を思い出させる。

町田くんの優しさに触れ次々と変化する世界。
だが、ここからが凄い。
この映画が本当に素晴らしい点は、そこまでして極端に描いて来た町田くんの優しさを「捨てる」事を、彼が自分の殻を破る条件としている所だ。
主人公の貫通行動そのものを、丸ごと主人公の枷にしてしまう。
町田くんの世界は『ひっくり返る』のだ。

善意=人への平等の愛と、欲求=一人への特別な愛情の狭間でこれでもかと葛藤し、ぐちゃぐちゃにもがき苦しむ町田くんの姿は、私達が忘れた『フリ』をした純粋を呼び起こすと同時に、誰にでもある自己中心的な欲求を肯定する事にもなる。
これはつまり、人間賛歌。

正しいか間違っているかの二極でしか語られず悪意に叩き潰されてしまう複雑な感情の内側を覗き込み、そこに渦巻く善意でも悪意でもない人々の懸命なる葛藤を掬い上げ、精一杯慈しむ。

「奇跡」は、この映画の誕生によって起こり得ると証明された。
未島夏

未島夏