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THE GUILTY/ギルティのいののレビュー・感想・評価

THE GUILTY/ギルティ(2018年製作の映画)
5.0
この部屋には、様々な電話が入ってくる。スリに遭った。葉っぱをやって、こわくなった。自転車で転んで膝が痛い、膝を打ったら膝が割れた、救急車を呼んでくれ。ここは、日本でいうならば110番、緊急通報を受ける場所だ。デンマークならば、112。そして、その電話を受けるのが、主人公であるアスガーだ。


この映画で映し出されるのは、88分通して、この部屋と隣の部屋の2室だけだ。そして、電話を受けるアスガーと、電話の先にいる相手の声だけ。声と音だけ。アスガーの表情だけ。だけ、というのは本当は間違っている。汗。同僚の様子。炭酸入りの水。いっけん素通りさせてしまいそうなものでも、物語る。この映画を観ている時、私は、いつもよりずっと注意深くなる。些細なものから、感じ取りたくなる。


アスガーという男の傲慢さ、冷酷さ、思い上がり、気の短さ、弱さ、心の揺れ。


ひとりの男のこれまでの人生が、くっきりと浮かび上がってくる。そして、電話をかけてきた女性の人生と交差する。その時に生まれるもの。僅か88分で。


電話をかけてきた女性イーベンやその家族の、命に関わる事件が、今まさに進行している。そう判断したら、アスガーは、最善を尽くして、その危機から救おうとする。一手を読み間違えたら、次の一手。最善の一手を探す。プロの仕事人としての矜持。


女性イーベンの人生を想像し、彼女の人生の闇に触れた時。彼もまた、自身の闇に触れる。彼自身の孤独や、心のなかに或る空洞に、触れる。触れたことを契機に、魂の深いところまで降りていく。そして、彼自身の闇を吐露する。そうすることで、何かしら救われていく。むしろ、そうすることでしか、救われない。私がこの映画に、特に、この映画のラストに、激しく心を揺さぶられたのは、彼の傲慢さも、思い上がりも、最善を尽くそうとする姿勢も(私はその気持ちだけしかなくて最善を尽くせてないけど)、そして闇も、私と同じだと思うからだ。聴くことと語ること。相手の声に耳を傾け、自らの声を届けること。相手の闇に触れ、自らの闇をのぞき込むこと。深く降りて、そしてちゃんと戻ってくること。これは、私の映画だ。








(過去レビュー)
(スコアもそのときのまんまで)
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