真田ピロシキ

斬、の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

斬、(2018年製作の映画)
3.7
ジャンルとしての時代劇であれば到底期待には応えられない。見事に決まった殺陣など存在せずブレの激しいカメラワーク。激動の幕末を描いた歴史絵巻もない。塚本晋也監督の映画をほぼ全部見ていて思想性も知っているつもりの身なので感じ入ることは多い。

前作『野火』では「国のために死ねる」と勇ましいことを臆面もなく仰ることができる方々にこう語りかけているようだった。「君たち格好良く死ねて英霊になれると思っているようだけどさ、価値のある死ね方なんて選べないよ?」と。それだとまだ死ななければ良いとも考えられる訳で新しい段階に進む。


主人公の浪人 都築は大義のため江戸へ馳せ参じようと考え、その決意に見合うだけの腕前を確かに持っている。悪漢集団を前に一切臆することなく話せるほど肝が座っていて、自身が見下されたとしても無用な揉め事は起こさずに済ませる器も備えている。しかし決定的に人を斬る意志が欠けている。怨讐も命の危機も刀を振らせるには至らない。飄々としていながら何の躊躇いもなく人を斬れる澤村に「私もあなたのように斬りたい」と慟哭するもやはり出来ず、逃げ出した都築に「斬れぬのなら死ね」と迫る澤村には大義を名目した権力による殺人の強制が重なる。そして遂に人を斬った都築は完全に一線を越えてしまい元に戻ることはない。無惨な結果を示す絶叫と最後のカメラワークが「これでも本当に人を殺せる?」と突き付ける。

誰が相手で何のためにかすら分かっていないのに戦いに加わりたがった市助や恨みを晴らすために人に殺しを求めたゆうの姿は今の世で掬い取るものが多い。"正当な"理由さえあれば人を殺すのも止むを得ないと思える人が重みを感じられたなら幸い。