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ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪のumisodachiのレビュー・感想・評価

3.6
グッゲンハイム一族のはみ出し者で、奔放に生きたペギー・グッゲンハイム。モダンアートの礎を築いた美術収集家となった彼女の生涯を追うドキュメンタリー。

大富豪グッゲンハイム家に生まれながらも、変わり者で若くしてパリへと渡ったペギーは、若き芸術家たちとのコネクションを作る。マルセル・デュシャンのアドバイスに従って現代美術に関する知識を得た彼女は、ロンドンにギャラリーを開いて話題の展覧会を次々と開催。しかし、経営はシビアだったため、今度は美術館開設に取り掛かる。

ロンドンに美術館を開くためハーバート・リードが作成したリストにある作家の作品を自分の手で集めたペギーだったが、第二次大戦が起こり美術館計画は頓挫。パリへと移るが、そこにもナチスの影が忍び寄っていた。彼女は、支援している芸術家と集めたコレクションと共にニューヨークへと戻り、「今世紀ギャラリー」を開くことになる。

今世紀ギャラリーでは、ジャクソン・ポロックなど、後のアメリカモダンアートの起点になるアーティストを次々と発掘し支援。アメリカの現代芸術の礎を築くことに大いに尽力することになる。その後、2番目の夫であるマックス・エルンストと離婚しヴェネチアへと渡る。ヴェネチアでは、現在ペギー・グッゲンハイム・コレクションとなっている館に居を構え、地元のアーティストを支援するなどしていたが、晩年は自身のコレクションの展示・整理に力を注ぎ、1979年に死去した。

とにかく変わり者で奔放というイメージが強いペギー・グッゲンハイムだが、本作では彼女の晩年のインタビュー音源を元に、もっと本質的な人となりに迫っている。芸術家に魅力を感じてセックスを好んでいたことは自他ともに認める事実だったが、彼女を語る上で重要なのはそこではない。ペギーには、圧倒的な【見る目】と【決断力】があったのだということがよく分かった。

大学にも行かず、芸術を体系的に学んではいないペギーは、マルセル・デュシャンをはじめとする芸術家たちと交流することで、必要な知識と審美眼を会得した。彼女の人間的な魅力と本来の才能がなければできないことだ。だって、彼女が支援したアーティストや、買い集めた作品というのは、当時は全くの無名に等しいものばかりだったのだから。事実、戦時中ルーヴルにコレクションを預けたいと申し出たとき、「価値がない」と断られたというエピソードが語られていた。

ちなみに、ペギー・グッゲンハイムが男性アーティストの多くを関係を持っていたからといって、女性アーティストをないがしろにしていたわけではない。多くの才能ある女性も支援したし、女性アーティストだけを集めた展覧会も開いたことがある。また、決して関係が良くはなかった伯父ソロモン・R・グッゲンハイムの財団に、自分のコレクションを寄贈することを最晩年に決めている。このことからも、彼女がクレバーで公平な判断を下せる人間だったということが伺える。

なんだか、皮肉だと思うのだ。ピカソには数多の恋人がいたわけだが、そういったエピソードはあくまでもピカソの業績に対する二次的なものとして語られる。ペギー・グッゲンハイムがいなければ、ジャン・コクトーもジャクソン・ポロックもマックス・エルンストも今のような評価を受けていなかったかもしれないのに(特に、ポロックについては彼女が見出したことでその後のアメリカ美術の流れが決まったと言える)、なんだか奔放なイメージばかりが先行してあまり知られていないわけで。なにせ、日本語のWikiページすらないのだ(英語版はあるよ)。かくいう私もお金持ちの変わり者のお嬢さんだと思っていたふしがあったが、見方が変わった。自分の功績について、卑下するでも自慢するでもなく冷静に受け答えし、家族が見舞われた数々の不幸について、まるで世間話でもするかのように軽やかに語るペギーの音声に胸打たれた。ペギー・グッゲンハイム、超かっこいいじゃん。
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