ラウぺ

マチルダ 禁断の恋のラウぺのレビュー・感想・評価

マチルダ 禁断の恋(2017年製作の映画)
3.0
ニコライ2世が正妻のアレクサンドラと結婚する前に逢瀬を重ねたバレリーナ、マチルダ・クシェシンスカヤとの物語。

はっきり言ってしまうと、映画としてはあまり良くできたとはいえない作品。
ただ、どちらかというと上映を巡る外野での騒ぎの方が興味深いものです。

登場人物や主要な出来事については想像以上に史実に忠実に作られていて、少なくとも大筋においては大きなウソはないように見えます。
先帝のアレクサンドル3世のお召列車が派手に脱線するところ、実際の列車が本当に脱線するところを撮影しているようで、大変迫力があって驚かされます。
アレクサンドル3世は映画にも描かれているように客車の屋根を持ち上げ、家族を脱出させますが、これにより病弱となり、ニコライ2世の結婚と戴冠を早めることになったとのこと。
婚約者のアレクサンドラはヘッセン大公国のルートヴィヒ4世の娘で、実際には母が早逝したために英国で育ち、ドイツ人というよりも英国人とのこと。とはいえ、公式にはドイツの連邦諸国のひとつであり、映画に描かれているようにドイツの貴族の娘であることに違いはありません。
ニコライ2世もアレクサンドラもアレクサンドル3世も映画の登場人物はなかなか本物に良く似ており、そのあたりもよくリサーチされていることが窺われます。
マチルダについては本物よりも映画のマチルダの方が妖艶で美人であり、本物と同じポーランドの女優(「ゆれる人魚」のゴールデンとのこと)。こちらは映画の演出上当然というところでしょう。

映画は史実に則った登場人物と歴史上の出来事をなぞりながら、マチルダとアレクサンドラ両方に良い顔をするニコライ2世の様子を描き出していきますが、これが煮え切らないだらしない男として終始描かれているため、映画を観た印象ではニコライ2世のイメージは大変悪くなってしまうわけです。
ニコライ2世といえば、婚約前に訪れた日本で巡査に斬りつけられ重傷を負う大津事件に遭遇しているわけですが、結果的にそれが日露戦争へと繋がり、その敗北がロマノフ王朝の終焉を早めたとも言えます。
これまた映画にも描かれていますが、戴冠式の後に記念品を貰うために押し掛けた群衆がパニックを起こして多数圧死する事故が起きており、このときの式典を続行した対応が民衆の不興を買った(この点は映画では心を痛め、弔意を表す描写がある)こともあり、特にソ連時代には暗愚な皇帝としての評価がむしろ一般的だったように思います。
こうしたニコライ2世の描写に加えて、映画ではマチルダに執着するストーカーの大尉が登場したり、怪しいマッドサイエンティストっぽいドイツ人医師や諜報関係者など登場し、これがアレクサンドラと裏で繋がっているとの設定になっています。こういう大胆で漫画的ともいえる味付けの部分はやはり殆どがフィクションなのでしょう。
よく言えば盛沢山でエンターテインメント寄りな設定といえますが、これが作劇上のエッセンスとしてドラマチックになっているかといえば、さに非ず。
各エピソードを数珠繋ぎに並べただけで、全体の流れがスムーズでないため、ドラマの総集編のような印象を拭えないのです。
ただし、先の列車の転覆シーンといい、戴冠式の場面やそのほかの宮廷の場面など、大変に贅沢な衣装やセットを惜しげもなく使い、妖艶なマチルダのビジュアルも手伝って豪華な映像は特筆に値することは間違いありません。

ニコライ2世はロシアの保守層に再評価されているとのことで、この映画のネガティブで幼稚なイメージは我慢ならないのでしょう。
こうしたこともあって監督の撮影所が放火されたり、右翼の圧力で上映が中止になる騒ぎが起きているとのこと。
この中で、反対運動の急先鋒となっているのが、かつてクリミヤで「美人過ぎる検事」として話題だったナタリア・ポクロンスカヤだとのこと。
旧来の権威への再評価の動きは、共産主義の失敗に対する反動もあるのでしょうが、ロマノフ王朝が革命前の民衆に何をしたかを考えれば、こうしたことが起きること自体憂慮すべき事態ではないかという気がします。
騒動のおかげかロシア国内で210万人が観たとのことですが、ある意味で炎上商法としては成功しているといえるのかもしれません。
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