静かな鳥

凪待ちの静かな鳥のレビュー・感想・評価

凪待ち(2019年製作の映画)
3.2
【試写会にて】
白石和彌監督といえば『凶悪』は好きだが、それ以降の作品(『麻雀放浪記2020』は未見)はどうにも煮え切らない思いを抱えて劇場を後にすることが多かった。いや、別に悪い作品ではないんだけど、自分の琴線に触れるようなものが少なく…。で、本作も御多分に洩れずという感じ。"突き抜けてくれない"不甲斐なさがある。ここまでくると恐らく相性の問題かもしれない。白石監督お馴染みの泥臭く無骨な昭和風演出に、自分の中で飽きが来ているというのも大いにあると思う。

開始早々のタイトルクレジットのフォントのダサさにぎょっとするがそれは置いといて。何はともあれ、この映画は香取慎吾が全てだ。ギャンブル(競輪)依存症の男=郁男、というこれまでのイメージを刷新する役柄に挑み、正に新境地を見せている。本来柔らかな印象のある香取が、若干無理をしてこの役を演じているかのように見受けられる箇所も正直無くはない。けれども、その滲み出てしまう"心根の優しさ・純粋さ"が寧ろキャラの人物像にマッチしている。仄暗い目つき、荒んだ佇まいも様になっていて良い。それと、終盤街をとぼとぼ歩く場面にて、それまで暴れに暴れた香取のがっしりした体躯から溢れ出る悲哀!

最近試写で観た3作品(『いちごの唄』『きみと、波にのれたら』そして、本作)そのどれもが「悲劇によって遺された者たち」を一つのテーマとしているが、描き方は三者三様。本作では、悲しみと絶望に打ちひしがれた郁男が瞬く間にどん底へと堕ちていく。一たびギャンブルにのめり込んでしまったら、もう己の力では歯止めがかからない。
ただ、競輪バンクの傾きを想起させる斜めカメラの"依存"表現演出は、少々野暮ったく感じる。矢鱈と黄色味がかった画面のカラーリングや鮮やかな照明使いもあまり好みではない。あと、安川午朗の劇伴は当たり外れが激しいよな。夜祭りのくだりでの長回しは迫力があって素晴らしく、妙にリアルで笑ってしまう黒田大輔の嘔吐シーンに垣間見えるエンタメ性は白石監督っぽい。香取以外の役者だと、吉澤健の円熟味のある演技が良いアクセントになっている。リリー・フランキーは良くも悪くも相変わらずの安心感。

この「喪失と再生」の物語の舞台を石巻にしたということにも、言わずもがな含意がある。時折、窓からのショットで映される海の表情。海は荒々しく波立つ時もあれば、穏やかな顔を見せる時もあるだろう。だが、どんな時であろうと石巻の濁った海の底には、まだ8年前の痛々しい爪痕がそのまま眠っている。人も同様に、心の底にはどうにもならない傷を抱えながらも、それでも生きていかねばならない。その為に手を差し伸べ支えてくれる人は、案外近くにいるのではないか。3人を乗せた船は霧で視界の悪い中をゆっくりと前へ進んでいく、凪の瞬間を静かに待ちながら。

白石和彌の次作は11月公開の『ひとよ』。佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子というキャスティングは最高なので結局観に行ってしまう気がする。ちゃんと良い作品に仕上げてほしい。頼む。
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