うるぐす

凪待ちのうるぐすのレビュー・感想・評価

凪待ち(2019年製作の映画)
4.9
この映画は間違いなく日本映画史に残る。
白石和彌の最高傑作だと言える。
そして、この映画の主役を演じた香取慎吾がとにかく素晴らしかった。

あらすじ
毎日をふらふらと無為に過ごしていたギャンブル好きの主人公・郁男(香取慎吾)は、恋人の亜弓(西田尚美)とその娘・美波(恒松祐里)と共に彼女の故郷、震災から7年経った石巻で再出発しようとする。少しずつ平穏を取り戻しつつあるかのように見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう―。ある夜、亜弓から激しく罵られた郁男は、亜弓を車から下ろしてしまう。そのあと、亜弓は何者かに殺害された。恋人を殺された挙句、同僚からも疑われ、美波からも嫌われて孤立していく郁男。次々と襲い掛かる絶望な状況から、郁男は次第に自暴自棄になっていく。
自暴自棄になった郁男は、以前より増してギャンブル(競輪)にのめり込んで行き、絶望の底でもがき苦しみ、それでもギャンブル依存と孤独から抜けられない。


とてつもない映画でした。
まず、バイオレンスな映像が今や代名詞になりつつある白石和彌の作品において、香取慎吾の身体性が素晴らしい。SMAPの中で一番身体が大きいのはわかってたけど、動の迫力と静の佇まいが素晴らしかった。
特に、自暴自棄になった郁男が夏祭りで暴れるシーン。重々しく荒々しくも情けなく。
『狐狼の血』の続編出て欲しくてたまらない。

そして、この映画のテーマが「喪失と再生」であることが、香取慎吾を主演にしたことも、石巻を舞台にしたことも、より適切に感じられる。
香取自身が今新たなスタートの中を歩んでいる途中であり、石巻も大きな喪失、絶望から立ち直って今日まで歩き続けている。スマスマが終わるその時まであの5人が東日本大震災の支援金募集を呼びかけ続けたこともあり、時間は決して止まらずに繋がっていることを感じさせた。

ギャンブル依存に苦しむ郁男が痛々しくて、悲惨で、どうしようもない、立ち直りようもないほどに堕ちてしまう場面がずっと苦しくて、物語によくある「生まれ変わるチャンス」「再出発するチャンス」はことごとくギャンブルの前に溶かされて行ってしまう。
ありきたりなお話、を徹底的に排除していくからこそのリアリティがそこにはあった。
でも、それでも、再生して、ほんの少し希望の光が差して、物語が終わっていくからこそ、我々は救われるし、この映画がとてつもなく大きな感動と、言葉にできない複雑ななにかを心に刺す。

そう簡単には変われない、というのが最も残酷で、変わろうとしても変われない。
その時をじっと待つしかない。
それはきっと祈りのようなものなのかもしれないし、一番苦しい。
だからこそこの映画が映し続けた先にあるものが、紛れもなく美しかったのではないか。

この映画、白石和彌作品常連の、あの名俳優にも見てほしいな。
なんて。


「自転車」
あと、この映画、郁男が自転車を漕ぐシーンから始まる。ハマったギャンブルも競輪だった。
自転車は、地に足をつけて進むことができない乗り物。地に足をつけて生きることのできない不器用な存在としての郁男。
郁男を自転車に例えるなら、二輪の片方にギャンブルがあって、もう片方に亜弓がいたのではないか。それでなんとか倒れることなくふらふらしながらも生きていた。生かされてきた。片方の車輪がぶっ壊れても自転車に漕ぎ続けるしかなかった、不器用で愚かだがほっとけない男としての郁男だったのではないか。
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