そーいちろー

僕はイエス様が嫌いのそーいちろーのネタバレレビュー・内容・結末

僕はイエス様が嫌い(2019年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

地方の祖母の家に、一年程度ということで東京から引っ越してきた家族。主人公の少年・ゆらは引っ込み思案な性格で、地方のキリスト教系の小学校という風変わりな転校先もあり、なかなか学校に馴染めずにいた。そこで知り合った少年カズマと仲良くなり、本当に何気ない日々を過ごしていく。小五という事もあり、行動範囲が広がり出す時期であり、流星群が流れるとなれば夜、二人で小学校まで見にいくし、カズマが別荘があるといえば、カズマの母親も引っ張り出して小旅行に出かける。監督の演出は非常に自然である。台詞回しも嘘くさい感じがなく、小学生達の戯れもどこまでも自然。前半部の二人の少年の出会い、映される日常の積み重ねはただただ緩慢であり、正直、これは外したかな、と感じた。また、この作品のギミックとして非常に重要な意味をなすゆらにだけ見える小さな神様の存在も、キッチュすぎて、うーんって感じ。作品はサッカーの得意なカズマが体育の授業で点を取りまくり、大活躍するシーンに。主人公は活躍出来ず、その鬱憤から授業を放り出して家に帰ってしまう。その主人公に会いに、道路をボールを蹴りながら歩いていたカズマを、唐突にトラックがはねる。かつて、蓮實重彦はキスは発生時間と表現したが、映画において事件とは契機であり、劇的瞬間である。前半の幻想的かつノスタルジックなどこか淡いピントで進んできた描写は、後半以降の神なき試練の時間に対し強烈なコントラストとなって生きてくる。優しく、笑顔の絶えなかったカズマの母親には、裏に養育を自分にしか任せない父親との不和があり、祈りを習慣としていた子供達は神なき世を受け入れていく。カズマは亡くなり、弔辞を読むユラ。小さな神に願ったおかげで見えた流星群は幻であり、神に願って見つかった亡くなった祖父のへそくりは喪われた友への、友のラッキーカラーであるブルーの弔花となった。そして、もっとも祈った友も喪われた。最後、主人公は小さな神に鉄槌を下す。そして、クライマックス、二人が知り合った日、ボールに戯れる雪景色を空撮する形で作品は終了する。これを23歳が撮ったという事実に驚くと同時に、無駄のない構成力。そして、自然な演出。次が気になる監督が出てきた。佐伯日菜子さんの演技も素晴らしい。