キノ

僕はイエス様が嫌いのキノのネタバレレビュー・内容・結末

僕はイエス様が嫌い(2019年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

公開されてからずっと観たかったのに、機会がなくて観られず。やっと観ることができた。

自分もキリスト教には学校で触れてきたから、最後イエス様を潰してしまうシーンは衝撃的すぎて思わず目を覆ってしまったけど、何となく気持ちは分かるような気がした。

1番考えさせられたのは、障子のシーン。冒頭のおじいちゃんが障子を破るシーンでは、単に認知症とか何か病気があって単純に判断能力が薄れてるのかと思っていた。
だけどおじいちゃんも日曜礼拝に通っていたこと、妻であるおばあちゃんは神様に対してあまり肯定的ではないこと、そしてユラ本人が神様に対して疑問を持ち始めて自らの手で神様の存在を消してしまったこと。
その全てを作品を通じて見て考えた後に、最後ユラが障子を破った時に考えたことは、「神様なんかいない」みたいな気持ちが現れた時とか、どれだけ神に頼んでも祈っても叶わない願いや、逆らえない運命があることを悟ってしまった時に、そのどこにもぶつけられない苦しみとか怒りみたいなものを障子に穴を開けることで鎮めているような気がした。もちろん色んな解釈があると思うけど。
だからおじいちゃんも自分の運命を悟ってしまった時とか、もう生きられない悲しみとか、そういうものを障子を破ることで和らげていたのかもしれない。


子供の純粋さが丁寧に表現されている、そんな作品でした。
最後は少し心が温かくなった。

あとは障子・和室・神社・五円とかそんな和や日本のテイスト(仏教ぽさ)と、礼拝堂・ログハウス・クリスマスとかの洋や海外からの文化(キリスト教ぽさ)の対比が面白いというか、ユラとカズマの家庭の違いを表現している気がした。