ジーハ

僕はイエス様が嫌いのジーハのネタバレレビュー・内容・結末

僕はイエス様が嫌い(2019年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

ユラは担任の先生に頼まれる。

突然の事故で亡くなった親友への手紙を書いて、それを全校生徒参加の「お別れの会」でみんなの代表として読んでもらえるかな、て。
それとみんなの前で神様にお祈りをしてもらえるかな、て…。

人がみんなで故人を偲ぶ。
普通だしよくある場面なのに、この作品ではスゴく違和感をもった。
きっとユラの心とかけ離れたテンションに感じたからだと思う。

でもユラは、両親に手紙の内容を相談して、発表できる完璧なものに仕上げてみんなの前で手紙をちゃんと読む。

けど…お祈りはできなかった。
手紙を読み終えたあと、祈るために組もうとした手を聖書に叩きつけた。
「お前なんか消えちゃえ!…」
て神様に言わんばかりに。

タイトルの「僕はイエス様が嫌い」
言い換えれば、僕の願いを聞いてくれなかった神様が嫌い。

作品が伝えたかった意図と少しズレるかもしれませんが、なんか信仰とか宗教てなんだろ?て改めて考えた。

Googleってみたら、
信仰について、新約聖書はこう言ってます。
『信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。』…めんどくさい言い回し。。
でも要約すれば神様を信じなさいてことですよね?

お祈りとか宗教て、人の弱さの拠り所で、神様のおかげや、神様のせいにすることで、辛さとか責任を分かち合うというか、逃げ道を作れる都合のいいものでもある。

ドライにいうと、なんかそれって人間と神様の駆け引きみたいにも思えたり。
子供にはそんなことわからないよね。。

あ、感想というか、、、
何もまとまってないただの呟きになってますが…(笑)
おもしろさを求めると難しい作品ですが、
不思議な余韻が残る作品ではありました。

ユラくんの担任の先生。。なんか言い方や態度がカトリック学校の先生にしては変な威圧を感じたのは私だけかしら?!