福井康之

僕はイエス様が嫌いの福井康之のレビュー・感想・評価

僕はイエス様が嫌い(2019年製作の映画)
4.2
「ここもね、普通の小学校だよ。」

東京の学校から、田舎にあるキリスト教の学校に転校することになった星野由良は、雪景色や礼拝など様々な環境変化に馴染めずにいたが、ある日小さなイエス様に出会った由良は"友達ができますように"という願いが叶えられたことで、不安だった日常がみるみるうちに豊かなものへと変化していく

主人公を演じる結良君の言葉ではない表情や仕草で読みとれる演技が凄いんだけど、それに合わせたカメラワークによる抑制と解放?と言っていいのかな…とにかく演出が良くて、とてもおもしろく観させてもらいました。

ストーリーは良い意味で、ありきたりで展開も読み易い。全編通して台詞は少なく、決まった構図を繰り返す中で由良自身の表情や動きだけでみせる部分も良かったし、例えば食卓で友達ができたと嘘をつく由良、そして食卓で和馬という友達ができたことで嘘が本当になったときとか、なんだか観てて嬉しくなる空気だったり。

「何でもいいのかな?ああ、じゃあ…お金をください。」

和馬にお願いして別荘へ遊びに行った冬休み、ここで和馬と遊ぶシーンは由良の心を解放したかのごとくカメラワークが2人を追うように動きまわる。

「和馬のお母さんってさ、いっつも笑ってない?」

神社でお祈りの仕方が違う2人、別々の"神様"にお祈りしたあとのサッカーでボロ負けした由良はこのとき憧れの和馬に対していろいろ嫉妬していたんだろうけど…。

「お祈り…意味なかったです。」

結局のところ、由良の願い事って子供らしい"友達欲しい"とか"お金欲しい"とか、偶然で片付くレベルの可愛いもので、小さなイエス様が本当にいたのかどうかの方があやふやになってくるんだよね。本当に望んだときには見えなくなっちゃってるし、そしてそのへんからカメラワークに上からの構図が目立つようになってくる。

和馬という親友を得た幸せな由良にとっては神様への願いなんてほぼ無くって、本当に願ったことなんてあっさり無視されて…でも、最初から由良は自分が信じていなかったことを知ってる、そういう描写が多々あるんですよね…そんななかで先生の用意したものを捨てて、ラッキーカラーのものを置いたり、貼り替えた障子で孤立した世界から自らの意思で穴を開けて外の世界を覗き込む由良の姿が意味するもの…最初から最後まで、カメラワークや台詞、間をおいた映像の切り返しに至るまで全て意味を感じるとても良い映画でしたね。

特に、電話を受けたあとの風呂の中で由良が顔を沈めていくとこなんて、なんとも言えないシーンでした。

自分なりの解釈で言わせてもらうと、このタイトルの"イエス様"って、由良が思うところの"自分の弱さ"的なものなんじゃないかなと思いました。