TOSHI

マチネの終わりにのTOSHIのレビュー・感想・評価

マチネの終わりに(2019年製作の映画)
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私が追い求めている映画は、大きく分けて二つだ。一つは見た事もないような革新的映画。もう一つは、ロマンティック、ノスタルジック或いはセンチメンタルな情緒的映画である。ある意味、対極にあるタイプだが、近年ではどちらも少ないのだ。
前者が、例えばクリストファー・ノーラン監督など、一部の天才監督に託さざるを得ないのは分かるが、後者が少ないのはどういう事か。デジタル撮影でフィルムにあった情感が失われているのは事実だが、人の感性がデジタルになった訳ではなく、今の時代でも情緒的な映画は作れる筈だ。誰もがスマホばかり見ている今の時代だからこそ、そんな映画が必要なのだ。本作には久々に、後者のタイプに振り切った作品の予感がした。

世界的クラシックギタリストである聡史(福山雅治)の、20周年公演。突然の恐怖感に襲われ、公演が上手く行かなかった聡史の楽屋を、音楽会社で聡史を担当する慶子(板谷由夏)に連れられて、友人でパリの通信社に勤務する洋子(石田ゆり子)が訪れる。洋子には日系人の婚約者・新藤(伊勢谷友介)がいたが、自分の音楽を見失っていた聡史は、運命の人に出会ってしまったのだ。
洋子は祖母の葬儀で一時帰国していたのであり、直ぐパリに戻らなければいけないが、洋子がいつも台にして遊んでいた石に頭をぶつけたのが、祖母の死因である事について聡史が言った、未来が過去、過去の記憶を変えるという考え方が、洋子に刺さる。惹かれ合う二人を察した、聡史のマネージャー・早苗(桜井ユキ)が、さりげなく邪魔をするのが、後の伏線となる。

パリに戻った洋子は、テロで同僚を失い、心に深い傷を負うが、スカイプでの聡史との会話に救われ、二人の関係が深まる。
白眉なのは、スペイン公演の機会に、パリで再会する二人のシーンだ。「君が死んだら僕も死ぬ」、「私は結婚するのよ」、「知ってる。だから止めに来た」というセリフは、言葉だけ書き出すと赤面モノだが、美しい映像で捉えられた、福山雅治と石田ゆり子でなら、共感させられてしまう。これが、映画のマジックだろう。遠まわしなプロポーズを、洋子は受け入れるかに思えたが…。

パリの街並みを背景にした二人が美しい、情感溢れる映像だが、敢えてのフィルム撮影である事に気付く。やはり情感を表現するには、陰影のあるフィルムなのか。フジテレビ所属で、テレビドラマの映画化が多い西谷弘監督だが、この映像の感覚は紛れも無く映画だ。
転機となるある出来事を経て時は流れ、クライマックスはアメリカへと舞台を移すが、世界を股にかけた運命の恋に魅せられる。六年間の物語で、二人は三回しか会わないが、会えずにセンチメンタルに相手を想う時間こそがロマンティシズムを生むのだ(尚、昼公演がマチネで、夜公演がソワレだが、タイトルの意味は最後に分かる)。洋子の父親は有名な映画監督で、代表作のテーマ曲である「幸福の硬貨」が全体を優しく包み込むようだ。

こういったテイストに酔わせてくれる作品なら、骨抜きのベタベタなメロドラマでも良いと思っていたが、未来が過去を変えるという思想が、本作の骨格を作っている。人が直接、動かす事ができるのは未来しかないが、未来を望む物にできれば、心の重しでしかなかった過去も生まれ変わるという考えは素晴らしい。また、あなたに出会って過去は変わってしまったので、過去を現実にするには、あなたが必要だという口説き文句に痺れる。少年・少女によるキラキラ恋愛映画が幅を利かす昨今に、数少ない大人の恋愛映画としても出色だ。

デジタル時代でも、やればできるのである。このような作品が、年間に何本も観る事ができるようになる事を望む。敢えて、フィルムを使わなくてもだ。
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