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ふたりの女王 メアリーとエリザベスのchiakihayashiのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

 原題はMary, Queen of Scotsで、シアーシャ・ローナンがメアリー・スチュアートを演じることは早くから決まっていたようだ。対するエリザベス1世には、『アイ・トーニャ 史上最大のスキャンダル』で製作と主演を務め、昨年の賞レースで話題になったマーゴット・ロビー。

 若き実力派の女優ふたりを迎えて、2010年に発見されたメアリー宛のエリザベスの手紙などをもとに、メアリー・スチュアートの生涯を新しい解釈で描いた原作を映画化。衣裳はケイト・ブランシェット主演の『エリザベス』(シェカール・カブール監督、99年)『エリザベス:ゴールデンエイジ』(同、08年)でも衣裳を担当したアレクサンドラ・バーンで、絢爛かつモダンなコスチュームが楽しめる。

 とはいえ、当時の城や宮殿の内部は陰鬱なほどにほの暗く、そこでまさしく血塗られた陰謀や権力争いが繰り広げられるのだ。

 歴史は勝者によって書かれる。またHistoryという英語が示すように歴史を書いてきたのは男たち。このふたりの女王の物語は幾度となく描かれてきたが、エリザベスは織田信長より1歳上、メアリーは徳川家康より1歳上、時代によって、また作り手によって如何様にも造型され得る歴史の題材なのである(来年のNHKの大河ドラマが長谷川博巳主演の明智光秀であるみたいなものかも)。では、舞台の演出家として活躍してきた女性が2018年に初めてメガホンをとった本作は−−−−?

 スペイン、フランスなどの大国が覇権を争い、カトリックとプロテスタントが激しく対立する16世紀のヨーロッパで王位にあって女性の身体をもつふたり。イングランド女王エリザベス1世がヴァージン・クィーンと呼ばれる生涯を送ったのに対し、父王の急逝で生後わずか6日でスコットランド女王に即位したメアリーは「愛に生きた女王」と語られてきたそうな。15歳でフランス王太子と結婚、フランス王妃となるも子をなさないままに夫は急死、故国スコットランドに戻る。そして恋に落ちたと思い込んで周囲の反対を押し切って再婚したものの、夫は早くも結婚式の夜に正体を現し、世継ぎをもうけるために狂気のようにバイセクシュアルの夫をベッドに連れ込むメアリー。望み通り息子を産んだが、夫は暗殺され、すぐに拉致・強姦も同然の状況で再々婚をさせられた上に前夫の殺害の容疑をかけられて廃位。イングランドに逃亡し−−史実にはないが、この映画ではここでふたりは対面する−−19年間の幽閉生活の後、エリザベス1世の暗殺計画に加担した罪で処刑。

 いやはや、「悲劇の女王」と言われたのも無理もない生涯。けれど、男たちの権謀術数渦巻くなかで翻弄されながらも精一杯自らのエイジェンシー(行為主体性)を発揮して生きた女性として、シアーシャ・ローナンはメアリーを体現している(ちなみに1歳にしてスコットランド王となったメアリーの子は、20年後の母メアリーの処刑から16年後にエリザベス1世の死でイングランド国王にもなり、現在のイギリス王室までその血統は続く)。

 イタリアのフェミニスト作家ダーチャ・マライーニも『メアリー・スチュアート』という戯曲を1975年に書いている(邦訳は劇書房刊)。これはふたりの女優がメアリー・スチュアートとその乳母、エリザベス1世とその侍女を二役で交互に演じるというもので、私は昔、白石加代子(エリザベス)と麻美れい(メアリー)の舞台を見た。今回、読み直してみたら、女王だとて性差別や女性への抑圧から自由であるべくもなく(背景が捨象されることによってそこがむしろ浮き彫りにされる演劇的構成)、その一点においてふたりの心が一瞬、交錯する幻想のシーンが組み込まれていた。

 本作も、底流には同様の視線があるように想われたのだが、どうだろうか。
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