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岬の兄妹のbutasuのレビュー・感想・評価

岬の兄妹(2018年製作の映画)
4.5
とんでもなく重くてキツい作品。身体障害者の兄が知的障害者の妹を売春させて貧困を何とかやり過ごす、というあらすじを聞いただけでもうキツいのだが、実際映像として見るとさらに輪をかけてえぐい。

まずは何より主演二人が凄すぎる。この手の話だと普通知的障害者役を演じる役者のみが目立ちそうなものだが、今作ではむしろ介護する側の兄を演じた俳優の力が半端じゃない。演技だとは思えない表情や台詞回しで、社会的弱者であることをこじらせて完全なクズになってしまった男を、異様なリアリティで表現していた。強者にはペコペコし、少年など自分より立場が弱いものには上から目線で話す哀れさ。妹に対する愛憎入り混じるやり場のない強烈な感情。妹ばかりがフィーチャーされるが彼自身も身体障害者であるのだということをこれでもかと残酷に突きつける、足が治った夢のシーン。本当に素晴らしかった。勿論、妹役もとても上手く、変に綺麗すぎず生活感が強いため、こちらもリアリティがあり観ていてかなりしんどかった。

さらにこの映画はとても地味でわかりにくいが実は演出にとても技巧が凝らされており、カメラの動かし方や引いたショットの差し込み方、間のとり方などが本当に絶妙。音楽も良かった。説明台詞を極力排しているにもかかわらず、観ているだけで状況や感情が的確に伝わってくる作りは見事。しかもこんなテーマにも関わらず脚本は決して重くなりすぎず、終始絶妙なユーモア感で満ちている。妹が売春の最中にする自由奔放な発言に、居心地が悪いのに何とも言えずほっこりしてしまったりする。兄が金を奪おうとした学生たちを脱糞して撃退するシーンは物凄く汚くて最高。

そして貧困描写に対する妥協の無さが凄い。1個1円のティッシュの内職や、獣のようにマックを貪る描写、ゴミを漁っていたらホームレスに奪われるシーンなど、リアリティと迫力がえげつない。空腹のあまり思わずティッシュを貪る妹を止めようとし自分も口に入れてみて「…ほんとだ甘い」とつぶやくシーンなど、悲哀とユーモアのバランスが絶妙で、故により切ない。

さらに知的障害者の"性"というとんでもなく重たい問題。勿論兄がやらせた売春行為は決して許されることではないのだが、売春の"お仕事"を始めるようになって妹は生き生きと変化していくのだ。それまで家に鎖で縛り付け窓を塞ぎ、南京錠を外からかけて閉じ込められている生活だった妹。それが自らが"お仕事"をしてお金を稼ぎ、様々な男たちと交流をもっていく中で、なんだか自信をつけ明るくなっていくように見えるのだ。窓を塞ぐダンボールを剥がし、日光が部屋に差し込むシーンは本当に美しい。ヤクザに犯される妹を兄が強制的に見させられるシーンはえげつなくて吐きそうになったが、そこで兄は自分の知らない、自主的で楽しそうにふるまう妹を初めて見ることになる。何重にも凄まじいシーンなのである。また、小人症の青年の「僕だったらあの子と結婚すると思ったんですか?」という台詞もかなりきつい。おそらく妹にとっては初めての恋だったのではないだろうか。アパートの前で地団駄踏んで大声で泣き喚くシーンはとてつもなく悲しい。

ただ一点不満をあげるとすれば、あまりに行政の存在感がゼロだった点が気になった。兄弟揃って障害持ちならば、いくらでも社会福祉のサービスは受けられそうに思う。兄がそれを知らなかっただけならまだしも、友人の警察官が知らないというのはあまりに不自然。そこに何か理由付けがされていればもっと良かった。状況があまりに過酷なため、観ていてその点がずっと気になってしまった。

ラスト、冒頭の状況に戻ったかに見せかける上手いシークエンスの最後に、ガツンと絶望感を見せつけてこの映画は終わる。いかようにでも解釈できるあの妹の表情と、それを見ながら鳴り響く電話に出る兄の表情。あまりにしんどく、凄まじい映画だった。しばらくはこの余韻から抜け出せそうにない。
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