みちみつる

この世界の(さらにいくつもの)片隅にのみちみつるのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

1作目を鑑賞し、原作を読んだ上で今作を鑑賞。
やはり何度観ても素晴らしいなぁ…映像、脚本、音楽、キャラクター、キャスト、どれをとっても私にとっては100点満点の作品だ。
前半では天然なすずさんに癒やされて笑い、後半は悲惨な戦争の現実を目の当たりにして号泣…今回はさらに、前作では惜しくもカットされた“リンさんの物語”が足されたことで、すずさんと周作さんの関係性や登場人物たちの想い、台詞を前作とは違った視点から観ることができ、より物語の深みが増したと感じる。新たに追加したシーンが前作のシーンの印象、作品全体の印象までガラッと変えてしまっており、続編とも新作とも言い難い、まるで別の映画作品のようでもある。これから観る人には、どちらかだけではなく是非、両方観ることをオススメしたいくらいだ。

今作のレビューでは追加シーンに焦点を当てて感想を述べたい。
まずは水原さんとのエピソード。リンさんに注目されがちだが実は前作とは水原さんの初登場シーンが異なり、原作にならったものになっている。学校では友人たちの手前、粗暴な振る舞いをみせる水原さんだが、その後すずさんと二人きりの写生のシーンでは、兄を殺した海が憎いはずなのに嫌いになれない…そんな少年の繊細な心の機微を垣間見ることができる。初登場から写生のシーンまで、水原さんの少年らしさ、人間味がよりあたたかく感じられる原作でも大好きなエピソードだ。

また、前作では登場しなかった遊郭のテルちゃんのエピソードも追加されて嬉しかった(確か前作では無かったと思うけど、記憶違いだったらごめんなさい)。この子、良いキャラだったからあっさりと亡くなってしまって悲しかったな…

そしてキービジュアルにも描かれているリンさんの物語。この作品にとって彼女の存在はとても大きいものだなと再確認できた。
今作ではリンさんが過去、周作さんと関係を持っていたことが発覚。しかし遊女であるリンさんとの結婚は当然、家族から反対されたため、新たな結婚相手に選んだのがすずさんであったのだ。
リンさんはすずさんにとって、親友であり、姉のようでもあり、且つ(過去のことではあるが)恋敵でもある…そんな複雑な関係性が浮かび上がる。
しかしこの作品の素晴らしいところは、そんな複雑な人間関係の中でもドロドロしたものや生々しさが感じられないことだ。リンさんの過去を知ったことで、すずさんは嫉妬心や劣等感に苛まされ、「自分はリンさんの代わりでは無いのか」と考え始めてしまう。「代用品のこと考えすぎて疲れただけ」「うちは何ひとつリンさんにかなわん気がするよ」という台詞にもその想いが込められており、すずさんの心情を思うととても胸が苦しくなる。
しかしだからといってリンさんとの関係が悪くなるわけでなく、リンさんとは良い友人であり続ける。リンさんのことで一時は苦しんだすずさんだったが、子どもに恵まれず嫁ぎ先で居場所が無くなるかもしれない、と悩んでいた彼女を救ってくれたのも確かにリンさんなのだ。
「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」というリンさんの言葉…“居場所”はこの作品にとって重要なキーワードだ。
好きになるかもわからない男の家に嫁に行き、最初は居心地の悪さを感じながらもだんだんとそこが自分の居場所になっていく、という過程は前作でも描かれていた。だが前述のリンさんとのエピソードや台詞を受けた上で、ラストのすずさんの言葉「周作さん ありがとう この世界の片隅に うちを見つけてくれて」を聞くと、この言葉に込められたすずさんの様々な想いをより一層、深く感じ取ることができる。ああ、リンさんのこの台詞が最後につながるんだなぁ…ととても感慨深くなった。

また、もう一つとても印象的なリンさんの言葉がある。花見ですずさんとリンさんが再会し桜の木に木登りをするシーンでのリンさんの「ねえすずさん 人が死んだら記憶も消えて無うなる 秘密は無かったことになる それはそれでゼイタクな事かもしれんよ 自分専用のお茶碗と同じくらいにね」という言葉。この言葉も後に大切なシーンにつながる。終戦後、すずさんは空襲で壊滅的被害を受けた遊郭を訪れる。おそらくリンさんはそこで亡くなったことが示唆されているが、すずさんは「ごめんなさい リンさんの事 秘密じゃなくしてしもうた これはこれでゼイタクな気がするよ…」とつぶやく。とても静かなのになんて情緒あふれるシーンなのだろう。戦争で“死”が身近にある状況だからこそ、この言葉はより一層大きな意味を持つし、2人の複雑な関係性もよく表れている。とてもあたたかく、だが切なく、胸が締め付けられる。

前作は戦時中を生きる人々の日々の暮らしや、すずさんが嫁ぎ先の人たちと紡ぐ家族愛、夫婦愛の物語、という印象が強かった。今作もそれは引き継いでいるのだが、リンさんが物語に深く関わることによって、より人間ドラマやラブストーリーの側面が強くなったと思う。
原作の良さを最大限に引き出しながら、原作とはまた違った良さを持つ映画作品を2つも生み出した片渕須直監督やキャスト、制作陣の方々に称賛と感謝の言葉を送りたい。