翔海

mid90s ミッドナインティーズの翔海のレビュー・感想・評価

4.1
あの頃のぼくたちは。

1990年代のロサンゼルス、13歳のスティーヴィーは兄イアンと母ダブリーと暮らしていた。小柄なスティーヴィーは力の強い兄に歯が立たなかった。早く大きくなって兄を見返したいと願っていた。ある日、街のスケートボードショップを訪れたスティーヴィーはスケートボードに強く惹かれ、そこを出入りする少年たちと知り合う。新品は手に入らなかったが、イアンのお古のスケートボードを手に入れる。少年たちのように上手くなりたくてスティーヴィーは毎日練習に明け暮れた。自由に生きる彼らに憧れを抱き、次第に彼らからも認められるようになる。その中で大きな怪我や危険な遊びからダブリーが不信感を抱く。母からの忠告もスティーヴィーにとっては煩わしいものであった。彼のなかの中心はスケートボードとスケボー仲間であった。これは90年代を生きる少年たちの記録である。

ぼくと彼らを繋ぐもの。
街を歩くスティーヴィーの目に映ったのは水鉄砲で遊ぶ同い年くらいの子供とお店の前でスケートボードをして大人に反抗する少年たち。普通なら水鉄砲で遊びたいはずだが、スティーヴィーにとってはスケートボードをする彼らに憧れを抱いた。スティーヴィーと歳が近いルーベンはスケートボード以外に不良のことを教えてくれた。ファックシットはスケートボードは上手だったがクレイジーなところもある。レイはスケートボードの腕はプロ並であって、悪ふざけもするけどファックシットの良心になっている。フォースグレードは頭も良くないけど、映画を作りたいという目標のために皆を撮り続ける。そんな彼らと交友するなかでスティーヴィーは成長してゆく。

兄の存在。
13歳スティーヴィーは思春期真っ只中。母への反抗や兄との喧嘩。感情は荒波のなかにあるよう。そんな中で憧れていた兄イアンよりもスケボー仲間のほうがかっこいいと思ってしまった。それでもイアンが出かけたらすぐ部屋に行っては宝物を広げて見たり、スティーヴィーには憧れの存在であった。ある時、街を歩くイアンにぶつかったファックシットが揉めるところをスティーヴィーは見てしまう。ファックシットから罵られても手が出せない兄イアンを見て失望してしまう。スティーヴィーの心情は難しいものだったであろう。兄イアンを取るかスケボー仲間ファックシットを取るか。なにも言えずに見守ることしか出来なかった自分への嫌気さも相まって兄イアンに対して当たってしまったのであろう。男の兄弟であればこうゆう経験ってありそうな気がする。ずっと憧れていた兄に失望してしまった瞬間とかあるはず。この世に完璧な人間など居ないからこそ、そこで本当の兄を知ることが出来たのだと思う。どんな形でも兄弟であることは変わらない。どんなに喧嘩をしても兄は弟には優しくする。病室でイアンがスティーヴィーにジュースを渡すシーンはまさに兄であるべき姿であった。
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