社会のダストダス

ナイチンゲールの社会のダストダスのレビュー・感想・評価

ナイチンゲール(2019年製作の映画)
4.5
ブラック・ウォー時代のタスマニア島を背景に、夫と赤ん坊を殺害され自身もレイプされてしまった女性の復讐劇を描いたリベンジ・スリラー。個人的には映画として凄く好きなんだけど、これは無闇に人に薦められない。残酷なホラーや胸糞な人間ドラマも大概見慣れてきたと思った自分ですら、帰りに寄ったココイチで普段よりご飯の量を100g少なくしてしまうほどの精神的疲労を伴った。
前日に「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」を観て頭の中に広がったお花畑が焦土と化すような凄まじい地獄を見てしまった、偏差値5の状態で観るには過負荷な内容だった。

大体のあらすじ:
19世紀イギリス植民地時代のオーストラリア、タスマニア島。アイルランド出身の流刑囚クレア(アイスリング・フランシオシ)はホーキンス(サム・クラフリン)率いるイギリス軍に奉仕していた。自身と家族の自由を嘆願し続けた結果、夫が駐屯兵と揉め事を犯し、ホーキンスの癇気に触れてしまい、夫と幼い娘を殺され自身もレイプされてしまう。
復讐を誓ったクレアは原住民のビリー(バイカリ・ガナンバル)を案内人として雇い、昇進のため北部の町に向かったホーキンス達を追う。

全編の暗い雰囲気、陰惨な描写は、自分の観たことある映画で言えば「ブリム・ストーン」に近いか。ある程度映画のトーンに明るさをもたらすビリーの存在はクレアにも鑑賞者にとってもありがたい。
冒頭から最大の地獄の山場で映画館で観ていて、その場の空気が凍り付くような感覚がした。悪夢の数分のシーンでクレアは家族も尊厳も失うが、よくあるリベンジものみたいに何かに覚醒するわけでもない、仇を前にしてもためらいを感じたり怖気づきもする。

クレアも単なる被害者として描かれておらず、案内人として雇うアボリジニのビリーに対しての差別意識を隠していない。またビリーから見てもイギリス人とアイルランド人は他所から来た同じ白人であり、クレアからはその違いについて何度も指摘される。お互いを知るにつれて近い境遇であることに気づき距離が縮まっていく展開は一見ベタだけど、その過程が丁寧に描かれていて良かった。

映画のタイトルの「ナイチンゲール」は夜鳴きウグイスで別名は墓場鳥。美しい歌声のクレアを指してホーキンスがつけた呼称でもある。作中歌う場面が何度かあり、クレア役の女優さんがオペラ歌手ということもありとても象徴的。
尊厳を踏みにじられたクレアが、ホーキンスに対して選んだ復讐の方法は彼にとっては最も屈辱的なものだったのか。

内容のわりに意外と観やすい構成で、約130分あっという間に感じた。オーストラリアの歴史の暗部を題材にしていて生々しい暴力描写が多く、道中「山でタケノコ採ってきた♪」みたいなノリで女性を拉致してきて蛮行に及んだり、黒人というだけで念のために撃ったりとかなりきつい描写が随所に挟まる。そんな時代であっても人のやさしさに触れる場面もあり、また映画のラストシーンからも希望の物語だと思いたくなる。

人にはなかなか薦められないけど、やっぱり観てほしい …でもあまり無理はしないでって感じの映画。