TOSHI

記憶にございません!のTOSHIのレビュー・感想・評価

記憶にございません!(2019年製作の映画)
-
コメディ映画は、意外と難しい。北野武監督や竹中直人監督も、コメディに特化すると、笑いが本職の筈なのに、何故か駄作になってしまう。
他愛もない笑いの映画を撮ってきた三谷幸喜監督だけに、政治をテーマにした本作には、政治に他愛もない笑いがあるのかと、驚きがあった。三谷作品には、「コメディ映画って、こんなもんでしょ」というような、割り切った感じがあり、私はあまり好きではなかったのだが、本作の、政治家の常套文句である「記憶にございません」を、記憶喪失に繋げたコンセプトは秀逸で(あるようで、無かった発想だ)、劇場で観る事にした。

映画は、総理大臣である黒田(中井貴一)が入院先で目覚め、逃げ出す所から始まる。演説中、誰かに投げられた石が頭に当たったのだが、黒田は記憶を失っており、自分が誰だか分からない。
街を彷徨い、通行人から「お前が消費税を上げるから金が貯まらない」と言われる。現実に消費増税を控えた折りにタイムリーで、つかみはOKである。
黒田は支持率2.3%の、史上最低の総理大臣と呼ばれていた男だった。駆けつけた警官(田中圭)にも、「約束なんて守った事ねぇじゃねえかよ」と言われる始末だ。テレビでは、国会中継の質疑で、「記憶にございません」、「記憶にねーんだよ」と怒鳴り散らす、自分が映されている。

黒田には、井坂(ディーン・フジオカ)、番場(小池栄子)の、ニ人の秘書官がいるが、井坂の判断で、記憶喪失はトップシークレット扱いになり、記憶のない人間が、あるふりをして、国のトップを務め続けるという、映画として非常に面白いシチュエーションが生まれる。
そして観客が、黒田と一緒に、黒田がどんな人間だったのかを、知る事になる作りが上手い。黒田の妻・聡子(石田ゆり子)は、井坂と不倫をしており、息子・篤彦(濱田龍臣)からは軽蔑されていた。黒田も野党党首の山西(吉田羊)と不倫をしており、部屋に呼び出され、いきなり服を脱がされるシーンが爆笑だ。
更に影の総理化している・鶴丸官房長官(草刈正雄)や、黒田の元同級生が経営する建設会社との裏取引による、スーパー銭湯付き第二官邸の建設計画、政治ゴロ・古郡(佐藤浩市)からの、スキャンダル写真をネタにした強請りなど、いかにも本当にありそうなエピソードが続く。遂には、アメリカ初の女性大統領・スーザン(木村佳乃)が来日するが…。果たして、黒田の記憶は戻るのか。

私は三谷監督の舞台を観た事がないため、作家性をよく知らないのだが、映画では舞台ではある作家性が薄められているようで、誰にでも受け入れられるような、他愛のない笑いを扱って来た。しかし本作では、政治に対するシニカルな視点が目立ち、本人は否定しているようだが、エッジが効いた政治風刺になっている。映画としては今までで最も、三谷監督の作家性が出た作品となっているのではないか。
そして人間ドラマとしての完成度も、今までで一番だ。生まれ変わり、あるべき政治、あるべき妻との関係、あるべき息子との関係を取り戻そうとする黒田に感動させられる。これは、政治コメディの形を取った、自分を取り戻す、アイターンの物語なのだ。
私が三谷作品に抱いていた不満は、全て吹っ飛んだ。宣伝文句に偽りなく、本作は三谷監督の最高傑作である。

安倍首相も本作を観賞したというのは、本作の最高のパブリシティだが、首相の他、本作を観た政治家はどう思っただろうか。「今後、記憶にございませんというフレーズは使えないな」と思ったのではないか。だとすれば、映画が現実を変えた事になる。
TOSHI

TOSHI