優しいアロエ

永遠の門 ゴッホの見た未来の優しいアロエのレビュー・感想・評価

3.8
 ぐらりと傾き、安定することのない画面。言わずと知れた天才画家ゴッホの狂気の内側へと、同じく画家であるJ・シュナーベルが迫る。
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 シュナーベル監督は、いくつかの伝記映画を撮ってきた。いずれもなんらかの分野で天才と呼ばれた人たちが主人公だ。『バスキア』『夜になる前に』と、「人物は天才&ストーリーは平凡」な感触が拭えなかったシュナーベル作品であるが、『潜水服は蝶の夢を見る』で確立した「主観と客観のブレンド」により、個人的に完全に垢抜けたと感じている。そして本作も、この「主観と客観のブレンド」を通して、炎の人ゴッホを内と外から見つめてゆく。

 まずは「主観」。『潜水服は蝶の夢を見る』では全身付随の主人公の一人称視点を徹底的に映し、潜水服に籠ったような不自由性を観客に疑似体験させたが、本作にもところどころゴッホ視点が混じる。加えて、ゴッホ視点中にゴッホの独白まで入り、ゴッホとの強制的な同化が進む。

 加えて「客観」。『潜水服は蝶の夢を見る』では、主人公の自由奔放な妄想描写と主人公の毒づきが混じり、一人称視点で構築した共感性からあえて外す演出がとられた。これにより、難病モノ特有のしんみりなムードを解消したほか、主人公を他人の目線で眺める余地を与えてくれた。そして本作では、ゴッホの顔を正面から映してセリフを語らせることで、ゴッホに直接話しかけられているような感覚を与えている。

 画家仲間とも打ち解けず、自分自身とも格闘し続けた神経症的なゴッホの内側へと我々を連れてゆきつつも、ときにそのゴッホ自身と我々を対峙させ、彼に対する評価を促している。彼の才能を評価しろというのは凡百な我々にとって不可能に近いが、彼の生き方がどうであったか、どんな心境で創作にあたっていたかはそれぞれ考えることができるのだと思う。

 とはいえ、劇中、詩的で感覚的なセリフがかなり飛び交うため、思考停止に陥らないでもない。『アド・アストラ』に並んで2019年「眠気誘う系映画」の一本ともなっているのだが、ウィレム・デフォーの演技のおかげで観続けることができた。あの“大自然に目を奪われた”表情には凄まじいものがある。
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