茶一郎

恐怖の報酬 オリジナル完全版の茶一郎のレビュー・感想・評価

4.3
 「どうやって撮ったの?」、「これ絶対、撮影中に死人でたよね」と撮影の心配ばかりしてしまい集中できない傑作フリードキン版『恐怖の報酬』a.k.a『ソーサラー』(ある意味、集中していると言える)。
 リメイク元のジョルジュ・クルーゾー監督による『恐怖の報酬』は、監督の次作『悪魔のような女』と並んで「サスペンス映画」の教科書があったら間違いなくデカデカと載っているであろう名作。その『恐怖の報酬』のサスペンス要素は非常にシンプルで、少しでも刺激を与えたら爆発するニトログリセリンを、道路もない山道・密林を通って500km先に届けるという地獄のクロネコヤマト、「少しでも揺らしたら死ぬ」サスペンスです。

 シンプルだからこそ演出家の手腕が問われる『恐怖の報酬』を、見事な狂気映像で包み込み『ソーサラー』にしたのが、本作の監督ウィリアム・フリードキン。フリードキンは際立って『エクソシスト』、『フレンチ・コネクション』と、ホラー、クライムアクションで金字塔と呼ばれる作品を打ち出してきた鬼才ですが、この『ソーサラー』もその二作に勝るとも劣らない見事な一本でした。

 まずは冒頭が素晴らしい。主人公が「なぜ、危険すぎる仕事をせざるを得なくなったか」をドン底の移民街を丁寧に描いたクルーゾー版『恐怖の報酬』は、改めて見返すと、やや最初の1時間が退屈に感じられます。一方で『ソーサラー』の冒頭は、地獄の運搬業に就かざるを得なくなった4人それぞれの背景を、ジャンル映画的な見せ場込みで見せてくれます。この手際の良さにはフリードキンの巧みの業を感じさせられました。

 何よりも、皆さんがご指摘している「吊り橋」。これは意味が分からなくなるほど、「どうやって撮ったの?」という疑問が頭に100回浮かんでくる狂ったシークエンスです。
 フリードキン作品は「何かに取り憑かれた者」、「狂気の対岸を渡った者」が頻繁に登場しますが、やはり本作の撮影を見るに、『エクソシスト』でも、神父役の素人神父にビンタをかましたり、撮影中に銃をブッ放したりとフリードキン自身が一番、“映画”という“何か”に取り憑かれてしまった人なのではないかと思ってしまいます。
 
 まさしく内容もクレイジーなら、作り手もクレイジーな『ソーサラー』。地獄の仕事が終わってもまだ終わらない地獄。主人公が悪霊(ソーサラー)に取り憑かれたとすれば、カメラのあちら側にいるフリードキンもソーサラーです。「映画自体よりフリードキンの狂ったエピソードが面白い」はフリードキン作品あるあるで、やはり『ソーサラー』でも友達(?)の爆弾魔を呼んで実際に爆弾シーンを撮ったというエピソードはどうかしています。
茶一郎

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